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page1 鉄道王国の末路/シカゴへ
1900年代初頭のアメリカ鉄道路線図
 ▲1900年の初頭、米国の鉄道路線は
 毛細血管のように張り巡らされている
 (米国国立歴史博物館の展示から)

 海外の有名な鉄道に乗るための旅を少しずつ重ねてきたが、そろそろアメリカへ行ってみたいと思った。

 アメリカ合衆国は世界一の鉄道王国として君臨した時代があった。
 世界で初めて蒸気機関車による鉄道がイギリスに生まれてから5年後には鉄道路線を開業させ、以後80数年の間に勃興した数々の民間鉄道会社が、総延長41万キロという気が遠くなる程の鉄道網を整備した。1916(大正5)年前後のことである。

 そこを頂点に、米国の鉄道は近年になって衰退の一途をたどっている。栄華を極めた鉄道会社は解体や再編を繰り返し、旅客列車の廃止が相次いだ。

 1971(昭和41)年には政府が救済に乗り出す形でアムトラック(アメリカ旅客鉄道輸送会社、Amtrak)が設立されたものの、常に赤字を抱えた状態。今も年々列車や駅が減らされていく状況にある。

 そんな鉄道先進国の現状を実際に見ておかなければならないという義務感のようなものと、世界一の自動車国で鉄道への希望を見つけ出したい思いもあった。

                        ◇

 現在、アメリカの鉄道(アムトラック社)はボストンからニューヨークを経てワシントンへ至る北東部の路線で「アセラ・エクスプレス」という高速列車を走らせて飛行機との戦いを優位に進めているし、主要都市間には鉄道全盛時代を彷彿(ほうふつ)とさせるような長距離列車や大陸横断列車も運転されており、それらに乗ってみたい気持ちが沸いてくる。

 白眉である列車での大陸横断を体験したいと思ったが、それだけで丸2〜3日間かかってしまう上に、列車本数が極端に少ない。
 今回は西部の鉄道乗車は諦め、北東部のシカゴから出発し、東海岸沿いのボストンまで夜行列車で移動。ボストンからワシントンの間は高速列車「アセラ」などに乗る―、
 以下のごとく東海岸の都市を鉄道で巡る旅をすることに決めた。

  ・シカゴ(「レイクショア・リミテッド」号)→<21時間半>→ボストン
  ・ボストン(「アセラ・エクスプレス」)→<3時間半>→ニューヨーク
  ・ニューヨーク(「リージョナル」=一般列車)→<2時間半>→ボルチモア
  ・ボルチモア(「MARC」=地域鉄道)→<1時間>→ワシントン

シカゴ〜ボストン〜ニューヨーク〜ワシントンDC 行程MAP


 こうして書いてみると楽な行程のようにも見えるが、移動距離は合計2300キロ超、鉄道移動での総所要時間は28時間になる。

 旅を思い立ってすぐに、アムトラック社のホームページを見た。
 名前と住所を送信すると10日ほどで最新の時刻表や列車情報誌など一式が自宅に届いた。無料だった。
 それを眺めながら、インターネット上から列車の予約を試みると、数分ですべてが完了。時刻表と列車の切符を入手することは、これまでの海外鉄道旅準備でも密かな楽しみであったが、今回は机上であっけなく終わった。

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座席パーソナルテレビのナビゲート画面
 2006(平成18)年6月3日土曜日、成田空港14時20分発のユナイテッド航空(UA)884便で、妻と一緒にシカゴへ出発した。

 景色が見たいと思って、窓側の席を所望していたが、出発直前になって指定されたのは5列座席の真ん中であった。
 米国渡航は二度目となる妻は余裕がありそうで、映画を見ていたと思ったら、隣のデトロイトへ帰るという留学生の若者と喋ったりしている。

 私は、11時間半のフライト中、トイレにも一切行かず、供される濃厚な食事を淡々と食し、それ以外は眠るだけという単調な行動を繰り返した。
 飛行機は西海岸のシアトル付近を飛び越え、シカゴ・オヘア国際空港に到着していた。出発同日の現地時間11時49分であった。

 神経質そうな顔の白人入国審査官による一通りの質問が終わると、右手薬指の指紋の機械採取と顔写真の撮影が行われた。
 指が動いてしまって幾度か失敗し、審査官の神経質な顔がさらに引きつってきた頃、採取が成功して放免された。


>>page-2 シカゴ地下鉄/空港から市内へ

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