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蘭と人の話 C | |||||||||||
| ち 秩父宮妃殿下 | ||||||||||||
「秩父宮妃殿下」が御生存中の頃、植物、とりわけ山野草類を愛され、官邸の前庭の木陰に作られた山草畠や渋い鉢に自ら植えられ、水 昭和46年5月16日、千葉県九十九里浜近くの成東町の「千葉蘭園」の「えびね園」にも見学に行かれており、二町歩(六千坪)の杉林に 当初、千葉蘭園側は9時50分新宿発の急行でのお召しを勧められましたが、「せっかく、エビネを見に行くのに、そんなに遅く出発したので 9時前に成東駅に着くと町が新調した車で蘭園へ、町長始め婦人会長、えびね会会員、長野家一族に迎えられご休憩もそこそこにエビネ 開花した五万本は展示会後に、殆どを東京市場に切花として出荷後で、精々一万本程の残り花になっていましたが、妃殿下は、「こんなに そして一度長野宅に戻られ、エビネ原産地の状況を撮影したスライド等をご覧になり、再び古墳の丘に戻り、ここに敷き広げた”花ござ”に、 松山人らしく、趣味で俳句も嗜まれた正紘氏の父親の信正さん(俳号・深青)は、その時の状況を俳句に、 若草にござ敷き広げ山の宴 山の宴蝶舞いもつる妃の御前 と詠まれています。 このように、四時間余りにわたるご予定を総て終えられ、町営の食虫植物園と、県の天然記念物となっているクマガイソウの自生地をご覧 なお、この時お傍におられた歌人「白鳥悌子」氏は妃殿下があるエビネに見入り、正紘氏に呟かれたのを、静かな色と 賞賛されし
えびね 数日後、信正、正紘の親子で官邸に、お礼言上に伺った際、妃殿下がお好きだと言われていた菊の御紋に似た、キエビネの大株立ちを持 参考文献:「千葉えびね会 会誌」 第1号 (昭和46年) ・「えびね銘鑑」 第一巻 池田書店 (昭和54年) |
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