love・joy・house 空を遊ぶ家



■ “心 と 体 の 贅 沢”

 住まいの質の向上が求められたこの10年は設備機器の普及とデザインへの関心に終わった様に感じられる。これは、住宅の物質的な価値であって、内面的、精神的な影響、環境や景観に対する意識は未だ定着したとは言い難い。
 一方近年、先端技術、情報文明が急速に進むのに伴って、その対極にある自然がもたらす広範な恩恵にも、意識が向けられつつある。自然環境、自然食品、漢方薬、天然繊維の評価の高まりに如実に現れている。
 自然志向も木綿の着心地から、絹の肌触りとか。ジーンズ感覚の“家庭で洗える絹”が登場、天然繊維志向の私は早速着てみた。縫製後洗う処理が施されたこの絹は、化学繊維とは全く違う肌に違和感の無い柔らかさ、肌との馴染み、優れた吸湿性、通気性、保温性。贅沢な質感とは別の価値・・・この感覚こそアメニティー。
 一度手に入れた価値は蓄積され、選択肢に加わる。先端技術、情報文明の恩恵と自然の恩恵のどちらも、人々はこれまで同様求め続けるだろう。
 ・・・これからの住まいは、この対極の要求に応えていかなければならない。
 名古屋の都心から豊田に至る、地下鉄名鉄乗入れ線沿線は、住宅地化が急速に進行している。その一つ、三好ヶ丘では、住宅都市整備公団が中心になって、アートヒルというコンセプトを掲げた住宅街づくりが推進されている。これは、15キロ圏内に県立芸術大学、愛知教育大学など18校があり、豊田自動車関連企業が近くに控える住宅地としての好立地を反映して、知的で感性豊かな住環境づくりを目指すものである。このコンセプトを受け、創造的に生きる人の為に、心と体の贅沢を求めたのが、この住まいである。



■ 魅 力 あ る 住 環 境

 気持ちの良い住宅地は、緩やかに蛇行する道、道沿いの木々、見えかくれする、住人の人となりを感じさせる家々から成る。塀で囲われた家が連続するのは、排他的で、隣人と親しく交わる気分が感じられない。道いっぱいに家を建て、玄関前の空地はカーポートのみというのは、家は立派でも、ゆとりが感じられない。住環境を隣人と共有する、良い景観づくりに係わるという意識、つまり家の周囲の作り方、道沿いのしつらいまで考えた家づくりをしないと、良い住環境は生まれない。・・・“道沿いの景観に寄与する”
 その具体的な方法は、立地条件による、マイカー通勤者が多いと考えられるこの場所では、2台分のカーポートが要求される。これを“道に膨らみを提供する場”と把えることがキーポイントになる。このオープンスペースが道に向かって広がっていく様に、ウォーターセクションを道の方に突き出した三角形に納めている。道との間は、春、夏、秋に気持ちの良い北庭として緑化する。その中に、道からカーポートにかけて遊び回る子供達の様子を眺めながら、隣人とおしゃべりをするコーナー。ここは迎え入れる雰囲気を演出する玄関ポーチのゆとりでもある。



■ 創 造 的 な 生 活

 意欲的に生きる人は、家族生活を楽しむ。社会生活の緊張を解き、培ってきた自らの文化を子供に伝える。家はその為の場である。四季の行事、しつらい、食事、食器、衣類、趣味等、生活を通して、美意識、価値観は具体性をもって伝わる。これは、子供が自分自身の文化を創り出す為に必要不可欠な下敷になる。親とは又違う新たな可能性が育まれるだろう。この家にはそんな生活の為の仕掛けが用意してある。家の中心には“家族生活の核”つまり家族が自然に顔を合わせる食堂。絵を画く、工作をする、楽器の練習をする、手芸をする、散らかしたままにできる家族共有のアトリエ。家中の様子が窺える司令室の様なキッチン。1、2階の空間を関係付ける大小の吹抜け。居間に食い込む濡れ縁、老人室となる和室のまえには内土間、南庭に突き出たバルコニー等、四季折々の自然を体感する戸外生活の場。北西方向に広がる雑木林を遠くに望む三角出窓、書斎、アトリエ上部に浮かぶ展望ギャラリー。包容力のある空間をつくるカーブ天井。



■ 滑 ら か に つ な が る 内 外 空 間

 漫然と連続する均質空間は広がりに乏しい。くびれながら連続し、様々な差異(陰影、大小、高低、出っぱり奥まり、明暗)を持つ空間は意外な広がりを生む。これに、室内から庭へと続く連続性が加われば、広がりは倍加し、その間に中間領域(半外部、半内部空間)を設ければ、つながりはより滑らかになる。この家では、自然を体感する戸外生活の場、濡れ縁、内土間、庭に突き出たバルコニーがそれに当たる。三角形の出っぱりや食い込みは、内外空間の関係付けに効果的である。

笠嶋淑恵/笠嶋建築工房

東京電力機関誌“住まいと電化”1991 3月号