癒 し の 共 同 体 へ


 人生80年とも言うべき長寿社会の到来。それは「向老期から老年期をどう過ごし,いかにして死を迎えるか」について,一人ひとりの問題として深められる前に訪れてしまったように感じられる。外に向けられていた感覚が鈍化する,運動能力,視力,聴力などの衰えの進行,それに対するおびえ,内向し,沈んでいく気分は,実際にその変化がわが身に起こらなければ,理解できないものであろう。家族,あるいは,近隣コミュニティの一員として真近に日々老いていく人を見ることは,人生の終末を生きる自分自身を想像することにつながり,その時期をどう生きるかを考えることにつながる。それを経て初めて,老齢期を生きる人々に対して,なにを成すべきか,を考えることができるだろう。日常生活の拠点にコミュニティが形成されることの意義は,コミュニティに帰属していると感じることによる安心感ばかりではなく,身近な場所にさまざまな年代,階層の人々がいて,その生の喜怒哀楽や苦悩が社会の縮図としてあり,それに対する自分の対応を日々の生活の中で自問自答できることとも言いえるだろう。


■長寿社会のコミュニティモデル・・・いきいきタウン大府

 急速に進行する長寿化,仕事から解放される自由時間の増加は,家族形態や行動様態の多様化として現れている。それに重なって,時間的,経済的な余裕がもたらす意識変化,「自分らしい生き方」を人々が探っている。このような変化は,求められる共同体の変容につながっていく。これら社会の変化に対応するコミュニティの形成を目指して,建設省(現 国土交通省)が文部省(現 文部科学省)と郵政省(現 総務省)の協力のもとに「生涯学習のむら」整備推進事業を全国15カ所で実施している。「いきいきタウン大府(仮称)」はこの内の一つとして採択された,愛知県の居住環境整備事業「いきいきシルバー居住計画」の第1弾である(『建築文化1992年9月号p.76,77に詳述)。ここでは「定住志向核家族」「親子世帯が同居あるいは近居」「高齢者世帯」の三つのプロトタイプ家族を対象とし,さらに供給方式も,戸建分譲,土地分譲,中層賃貸公共集合住宅高齢者対応型(緊急通報サービス付き)などを混成する住宅地と,その中心に「いきいきプラザ」と「大府市デイサービスセンター」を核として建設し,世代,階層が混じり合い,高齢者をサポートする長寿社会のモデルコミュニティの形成を図るものである。
 計画地はJR大府駅の北東約1.5km,西と北の方から住宅地化が進む緩やかな起伏をもつ地形に,ため池や農地,竹やぶなどが残る,のどかな田園風景の中にある。


■コミュニティの核・・・求められる像

「自分らしい生き方」を求める意識変化によって,求められる共同体像は,多様で重なりをもつと考える。縦の序列を伴う「縛る共同体」,「単一カラー共同体」(図a)に代わって,求められる共同体は地縁ばかりではなく,共通の縁──趣味,思想,嗜好──などでつながり,その強さもまちまち,また地縁とは無関係に個と個を結ぶであろう。これが「友だちの友だちは皆友だちだ」式に,破線で示すような,あるきっかけによって,臨機応変,変幻自在な「フレキシブルな共同体」(図b)を形成する。このような結び付きが,困ったときに支えあえる基盤(癒しの共同体)になるためには,日常生活の拠点に形成されることが必要になるだろう。「いきいきプラザ」と「大府市デイサービスセンター」のあり方として,そのような共同体が生まれ出る契機を仕掛けること──人格に例えるならば〈引っ込み思案な人,自我を尊重する人,協調性に富む人,好奇心の強いすぐ乗る人など多彩な人々をにこやかに招き入れ,そこに生まれる人間模様を面白そうに眺めている〉,そんな存在を形態化することを狙った。


屋根・壁・空・風景

 両施設に共通の,人と人との関わりを仕掛ける具体的な方針として,
未来に対する希望を感じる新鮮な形態を馴染みの深い材料でつくる
道路沿いを低く抑えて周囲の住宅とスケール感を合せる
高齢者ばかりが集中しないように:近隣居住者との関わりを仕掛ける
道や緑地に触手を出した形態,直交する壁による半開放型囲い込み
歩行者ルートやリニア・オープンスペースに対して親しみのもてる表
 情をつくる中の生活を見せる,小窓のランダム配置,土庇,軒下空間
散歩,ジョギングルートのネットワークによって緑地を周辺住人と視
 覚的に共有する

  重なりをもつ共同体。
  あることを契機に破線のように広がったりもする



■‘・・・人を包容する場

 壁は,例えるならば,行くべき方向を指し示す手であり,人を迎え入れる気持ちを表す広げた両腕,もたれ掛かる人を支える背もたれ,内外にわたって空間を統べる背骨でもある。‘地形を読む’とは,足早に歩く人のルート,ぶらぶら歩きのルート,それに絡めた人の溜る場を頭に描きながら,背骨の位置を決めることである。
 ここでは,その壁を道路に対して15度振り,間に道のような,広場のような,外部共有空間〈リニア・オープンスペース〉を生み出す。象徴的なこの壁は,いきいきプラザからデイサービスまで長く引き延ばし,二つの施設にまたがって,この住宅地の性格付けを担う。朱赤のカラークリアは,気分が塞ぎがちな高齢者に内面から気力を生みだすためであり,周囲の空間を引き締める役割を担う。これに人を招き入れ,内に大きな懐をつくる屋根を絡める。屋根の形態は大変重要で,反転した天井の形態がひとを包容する大きな広がりとして体感できるものでありたい。‘空’と名づけたこのような場にアルコーブ状の小空間を絡めて,人と人とのさまざまな関わり合いを仕掛ける〈コミュニティ建築の型〉とし,内外に散在させる。

(かさじまよしえ 建築家)