IARVニュ−ス第141号(2018、08、13)
炎暑の夏も、台風13号一過、いくらか和らぐかなと期待しましたが、台風第14号も発生し、まだまだ、酷暑が続きそうですね。会員の皆さま、アンテナの被害などはありませんでしたか。HF帯の秋のコンディション上昇が期待されます。 さて、IARVニュ−ス第141号をお届けします。今回は、「日本カンボジア友好協会」解散という残念なお知らせです。
「日本カンボジア友好協会」の概要: 当会(IARV)の友好NPO団体「日本カンボジア友好協会」は、1973年11月9日、カンボジア王国のシアヌ−ク殿下と我が国の衆議院議員・社会党委員長、佐々木更三先生らとの間で、両国の親善交流を目的として、友好的な合意に基づいて創立され、その後、2006年3月に東京都知事により、任意団体から、特定非営利活動法人として法人化が承認、今年で創立45周年を迎え、今日に至っております。 しかしながら、中心的に活動されていた加藤長雄先生(明星大学名誉教授)また、馬淵直城報道カメラマン(理事)らのご逝去に加え、今年3月、新谷明生事務局長(理事)が急逝されるなど、当法人の業務遂行に重大な支障が生じることとなり、諸般の事情を考慮した結果、本年4月1日、開催された理事会により、当NPO法人の解散が決議されました。
IARVと「日本カンボジア友好協会」との協力関係について: 私ども「国際アマチュア無線ボランティアズ」は当初より「日本カンボジア友好協会」の設立趣旨に賛同し、綿密な協力体制のもと、共に民主カンボジア3派連合政府に対する支援活動を行ってまいりました。 1983年8月、タイ国境沿いのソン・サン派の拠点、アンピルの難民村建設援助を行い、併せてソンサン首相の強い要望により、同村内に民主カンボジア最初のアマチュア無線局、「XU1SS」を建設し、国際社会にベトナムの侵略と戦う民主カンボジア勢力の存在をアピ−ルしました。残念ながら同局は1984年5月のベトナム軍大攻勢により破壊され、アンピルからの撤退を余儀なくされましたが、次いで1990年11月、ポルポト派の拠点、プノンマライに「XU1DK」を、また、1996年には、ポルポト派のナンバ−2、イエンサリ将軍の根拠地、パイリンに宣伝用の放送局の建設を行うなど、IARVは常に「日本カンボジア友好協会」に協力して、三派連合政府支援を行ってきました。これら一連の無線局建設支援活動には、当会のJA1UT/JA1UPA/林理事長夫妻のほか、G3NOM/HS、レイゲラ−ド顧問(既にS.K)、JA3UB、三好監事(既にS.K)、JA8CDG、田沼副理事長、JK1KHT、木場理事、JA8RUZ、川西理事、、JA1SBH、安藤晃一会員、JR1CSA、鶴田周作会員などのIARV関係者が協力しています。 さらに、内戦終了後のカンボジア王国に対しても、1994年、来日されたシリウッド殿下からの直々のご要望を受けて、王国内部の行政、医療に関する無線連絡網の建設援助を行うなど、また2002年、タケオ周辺の道路整備に日本の自衛隊によるNPO派遣に併せて、カムポ−ト、シアヌ−クビル、オ−ホウクなどの医療施設、教育施設間のVHF連絡網の建設援助も行いました。これらの支援活動には、JA1CPS/石塚副理事長、JK1KHT/木場理事、JA0CGJ/清水理事、JR0BQT/箱山会員、JH1WBG/斉藤理事、JJ1VTK/福井泰一郎(元理事)並びにJA1UT・UPA/理事長夫妻らが参加しましたが、日本カンボジア友好協会の杉原氏(タイ駐在員)も現地サイドで協力しました。 なお、上記の支援事業の記録写真等については、、本ニュ−スのアディショナル版でご紹介を予定しています。
「日本カンボジア友好協会」解散の事務経緯: 平成30年7月14日(土)15時〜16時、東京都中央区新富1−11−7ミツヤ第三ビル2F、北村・小宮法律事務所会議室で開催された臨時総会により、当法人解散の件(第1号議案)並びに解散に伴う定款第53条に関わる清算人の選定(第2号議案)が審議され、総会出席者全員の承認により当法人の解散が決議されました。 当臨時総会は、榊原健太郎氏(同会監事)の司会により進められ、総会の議長は北村哲男氏(同会理事長)が、また、議事録署名人には理事の岩崎富久男氏、同じく林義雄氏が務めました。 上記の解散決議に基づき、北村哲男理事長により、平成30年8月6日、法第31条第4項による解散届出書が東京都知事宛に提出され、翌8月7日付けで収受されました。 追って当会の解散は官報により公示されます。 以上。