隊員報告書

第2号(6ヶ月目)

1994年 6月 7日提出

 

業務内容

(A)着任時の配属先の状況(担当業務を主とする)

着任時と現在とではかなりの違いが見られる。

私達が着任した当初は観光総局(GENERAL DIRECTION OF TOURISM)から観光省(MINISTRY OF TOURISM) に改組されて間もないこともあり、内部の組織は非常に流動的な状態にあった。もっとも組織がきちんと機能していないという点に関しては、この当時も現在も状況はほとんど変わらないのであるが、着任当初は統計専門の部署も無かったので、統計業務に関して言えば半年の間にかなりの進歩があったと言える。

着任当初、私のカウンターパートとなったのはMr. Ouk Siphanであったが、彼は現在Planning & Promotion Departmentの中のPlanning Officeのチーフをしている。統計専門オフィスはStatistics Officeとして同じくPlanning & Promotion Departmentに新たに開設された。

現在Statistics Officeには五人のスタッフがおり、オフィスのチーフはMr. Tith Chantha(チャンター)である。彼は大学で経済学を専攻し、現在も副業として学生に数学を教えているため数学には非常に強い。統計を専門的に学んだことは無いものの、統計業務を行なううえで必要な基本的な数学の知識は十分あり、統計データに対する眼も厳しいものがある。

一号報告書を提出した時点では比較的信頼のおけそうなデータが得られそうだと書いたのであるが、三月・四月分のMINISTRY OF INTERIORからのデータは実際の入国者よりも非常に少ない数字しか得られなかった。航空会社の搭乗者数をまとめたKampuchea Airlineの数字と比較すると、航空機で到着した乗客数の半分の入国者しかいないという状況になっている。

このことは短期緊急派遣で来られた三浦さんも指摘されていたことで、ビザを空港で発行する時に20ドルの手数料がかかるため、この分をイミグレーションの職員が着服してしまったり、MINISTRY OF INTERIORが大蔵省に入国者集を申告する時に実際の入国者数よりも少なく申告してしまうのが原因と思われる。

Mr Chanthsは以前ポチェントン空港で業務に携わっていたためこの辺の事情に詳しく、MINISTRY OF INTERIORからのデータに問題が多いことは彼も十分承知していることなのだが、国籍別のデータを得るにはそこに頼らざるをえないためなかなか強く言えないようである。

 

 

(B)業務実施計画

当面一番の目標は「信頼のおけるデータを得られるようにする」ということである。もっとも、これが一番大変なことではあるが、現在UNDP(国連開発計画)がポチェントン空港の改修工事に合わせて、ポチェントン空港のイミグレーションと観光省に専用のコンピュータをインストールすることを計画しているので、システムがきちんと確立されればこの問題もあるいは解決されるかもしれない。

コンピュータの設置は夏頃を目標にしているということなのだが、改修工事自体いつごろ完了するか未定のため、Mr. Chanrhaの意見では今年中に完成すれば上出来とのことである。

観光省の業務は試行錯誤が続いていて、これまでも計画が計画通り実施できなかったことが非常に多い。三月一日からビザを二週間まで無料化するという計画をうちだし、国内外のメディアにも大々的に宣伝したのだが、結局時期尚早で根回しがしっかりとできていなかったため実施には至れなかった。

また、国営のKampuchea AirlineとシンガポールのSilk Airを合併するという話もあるが、いろいろと問題も多くこの先どのような展開になるのか全く不透明である。

こういう状況なので綿密な計画を立ててその通り実行していくというのはなかなか難しい。

そのためこの場では一ヶ月ごと、あるいは四半期後との計画は立てられないが、この先十二月までの目標としては、

1.スタッフ自身の手でコンピュータを操作し、必要な統計資料を作成できるようにする。

2.信頼のおけるデータが得られるよう、関係省庁との連絡を続ける。

3.ホテル・レストラン、旅行代理店などの資料をデータベース化する。

4.若いスタッフに統計資料の読み方、活用のしかたを身につけてもらう。

などがあげられる。

コンピュータの操作に関しては、あと二ヶ月もあれば十分に彼ら自身の手で業務を行なえると思う。すでにコンピュータを使っているスタッフの仕事などを見ている限りでは、決してコンピュータを使うのが苦手という訳ではないようだ。

2に関してはすでに述べた通りであり、MINISTRY OF INTERIORからのデータについては、既得権が絡むために今後もすんなり事態が解決するとは思えないが、UNDPもこの件に関して問題視しているため、なるべく早いうちに状況を改善できればと考えている。

3の資料のデータベース化については、ホテル・レストランや旅行代理店についてのデータは現在それぞれの部署に散在しており、存在しているというだけでほとんど活用できていない状況にある。これらの資料をデータベースで管理できれば埋もれた資料を有効に活用できると思われるので、可能な部分から少しずつ手をつけていければと思う。

最後に4についてだが、これまでも若いスタッフ達と空いている時間を使って統計に関する話などもしてみたのだが、四人のうち三人は実質的には実務を経験したことがないためになかなか実際の仕事と結び付かないようである。また、統計に関する参考書、実際の統計資料などもほとんど無いため、彼らが自分で勉強することも難しい状況にある。統計に関する参考資料などはこの国で手に入れるのはとても難しいので、今後はJOCVの組織力を使ってソフト面の充実を図っていきたい。

 

支援体制

(A)要請内容(要請背景調査表と比較して)

a)任務の「変更」事項について

要請背景調査表に示されている任務は、『「統計とは何か」などの統計に関する基本的なことを指導しつつ、観光統計に係る業務を担当する』となっている。

この点に関して特に変更は無い。現在までのところ統計に関して授業形式で指導を行なったりといったことはしていないが、現在UNDPから派遣されている専門家と協力しながら、引き続きスタッフの業務のサポートをしていきたいと考えている。

また、観光統計に係る業務に関しては、出入国統計をもとにした毎月の観光統計作成、及びそれに付随する各種レポートの作成のサポートなどを中心に行なっている。

 

b)相違点とその措置

特に無し

 

c)要請されている技術水準

カンボディアには現在猛烈な勢いで最新式のコンピュータが入り込んできている。そのためにまず第一にコンピュータを使う技術が求められている。コンピュータがかなり自由に使えるという意味ではこの職場は恵まれた環境であると言えるだろう。

コンピュータが自由に使えるスタッフはまだ少なく、統計オフィスのスタッフは現在基本的な操作方法(WINDOWS)を勉強しているところである。この国では一般的に、コンピュータが使えるということはワードプロセッサを使えるということを意味し、EXCELなどのスプレッドシート(表計算ソフト)を使いこなせる人は少ない。統計業務にはスプレッドシートをきちんと使いこなせることが第一条件なので、スタッフが確実にスプレッドシートを使いこなせるようになったうえで、業務上の様々な問題を解決していくことが必要になってくると思われる。

 

(B)機材(担当業務に関連して)

a)所属先が備えていたもの

私がこちらに着任した当初、観光省内にあるコンピュータは三台ほどで、それらは全て公式文書の作成用に使われていて、統計業務には使えない状態であった。

現在観光省で使われているコンピュータは全てIBMコンパチブルの製品で初めにあった三台も含めて現在八台ほどが稼動しており、主にコムパックの4/25などが使われている。これらはほとんどがUNDPからの支援機材である。

コンピュータにはEXCELなどのソフトウェアがインストール済みで、使い方さえマスターすればすぐにでも業務に使える状態にある。ただ、電源や保安上の問題からコンピュータはオフィスのある二階ではなく一階に備えられている。統計オフィスとして使えるコンピュータは現在一台で、この一台をスタッフが交代で学習用に使用している。

 

b)JOCV調達分

 現在までのところ無し。

 

c)今後必要と思われるもの(機材要請書)及びその利用目的

機材に関してはUNDPが次々に新しいコンピュータを導入しているため、JOCVとして新たにコンピュータを導入する必要性は無いと思われる。予算申請の段階ではコンピュータが導入されるかどうか不透明だったためそのための予算を計上したのだが、その予算は、例えばソフトウェアのマニュアルの購入であるとか、統計の入門書などソフト面の充実に使った方が有効であると思われる。

 

一般状況

(A)任国事情

a)自分の生活環境

ホームステイを始めて三週間が過ぎ、今まで知らなかったことがいろいろわかるようになってきた。ホームステイ先は観光省から歩いて三分ほどの家で、八人が住んでいる家の一室を使わせてもらっている。部屋にはそれぞれトイレと水場があるが、水道の水圧が低いためにシャワーは無く、水浴びは水槽に貯めた水を使っている。トイレも使用後は自分で水を流すことになるのだが、慣れてしまえば別に不自由も感じない。

電気はどこも一緒で来たり来なかったりなのだが、夜は別の線をもう一本引いているため、六時半から九時半までは電気を使うことができる。公共の電気が無い時には九時半で電気が止まってしまうため、家の人は普段九時過ぎには寝てしまう。初めはこの規則正しい生活に慣れずにちょっと戸惑ったが、今では私も毎日規則正しい生活になり健康な毎日を過ごしている。

食事は基本的に三食とも家族と一緒にとっているので、今まではなかなか食べる機会の無かった家庭料理に触れることができる。料理は魚料理を初めとして、肉と野菜の炒めものや各種のスープなど、日本人にも馴染みやすいものが多い。すっぱい魚のスープ(ソムロー・ムチュー)やチー(香草)のたくさん入った炒めもの、プロホックという魚を一年くらい寝かして作ったたまり味噌など、ちょっと日本人の舌には馴染みにくい料理もあるが、毎日食べているうちに慣れてきて今では全く問題が無い。おかげでちょっと太ったようだ。

最近プノンペンの治安が悪化してきている。以前は車を狙った強盗や、ホンダのドリームやスズキのクリスタルなどの高価なバイクを狙った事件が多かったのだが、最近はどこにでも走っているありきたりの中古のバイクが、白昼堂々武装した強盗奪われたりしている。

ホームステイを始めた次の日に、ホームステイ先の家族の兄弟のバイクが盗まれ、昨夜(六月六日)には近所の英語塾に停めてあった自転車まで盗まれた。UNTACバブルが完全に崩壊した上に、いつまで経っても戦争が終わりそうにないので、生活に困った人達が犯罪に走り始めているようでもある。

三月・四月の政府軍の乾季攻勢で、一時は一気に勢力を失ってしまったかに見えたクメールルージュも、今ではすっかり元の支配地域を確保して昔の状態に逆戻りしてしまった。

このために私達は現在プノンペンからほとんど出られない状態にあり、いまだに地方の観光地をこの目で見られないでいる。このことが非常にストレスになっている。私達の所を訪れた観光客などから地方のことを尋ねられても、人から聞いた情報としてでしか答えることができずに非常に歯がゆい。

私は旅行が好きなので、地方の観光地などへ旅行に出られればとてもいい気分転換になるのだが、今はもし行くとすれば大使館の許可を得たうえで飛行機を使ってシェムリアップに行くことしかできない。そのためずっとプノンペンに釘付けになったままである。

何か趣味でもあればもう少し生活に張りが出てくるのだろうが、半年経った今でもまだ見つけられないでいる。私は日本では登山やフリークライミング、バイクでのツーリングなどをしていたのだが、この国ではどれも叶わぬ夢。散歩して気持ちのいい道というのも無いし、せいぜい週末に市場を巡るのが関の山である。

市場を巡るのは面白い。プノンペンには大小合わせて十以上の市場がある。市場にはそれぞれ特色があり、食料品が強い市場や電気製品が充実している市場など様々である。最も有名なのが街の中心にあるプサー・トゥメイ(セントラル・マーケット)で、この建物は上空から見下ろすと×印の中心にドームがあるようなユニークな形をしている。ここには食料品から衣類から電気製品、その他ありとあらゆる日用雑貨が売られている。本などは一番充実しているのでよく使うが、他の市場よりも若干高めである。またソームルイ(物乞い)が非常に多い。

オリンピックスタジアムの横にはオルセーマーケットとオリンピックマーケットが広がっている。どちらも非常に広い。そして非常に歩きにくい。元々通路が狭いうえに、洋服屋の商品などが通路を占拠していて、通路の空いているスペースではおばちゃんや子供が座って営業している。売っているのは果物や水菓子のたぐいなどが多い。

オリンピックマーケットはプノンペンの卸売市場的な位置付けで、売っているものは食料品が圧倒的に多い。他の市場のおばちゃんなども、この市場で売り物を仕入れているようである。市場の中は非常に混沌としていて、どろどろの足元に気をつけながら歩いていると四方から売り子の声と様々な匂いが飛びこんで来る。魚の匂い、ドリアンの匂い、香草のどくだみの葉っぱのような香り、生ごみの匂いにニワトリやアヒルの血の匂い。熱帯の強烈な太陽の下でこれらの匂いをいっぺんに嗅ぐと、匂いの洪水に頭がくらくらしてくる。

オルセーマーケットには何でも売っている。コンピュータや高級紳士服のような特別の物は売っていないが、日常の生活で必要なものは全て手に入れることができる。値段が手頃なのでいつ行っても非常に混雑していて、いまだに全部を歩いたことがない。

私が一番好きな市場はプノンペンの南の方にあるプサー・トゥオルトンポン(ロシアンマーケット)で、ここは大きさも手頃で、市場の中も他の所に比べて歩きやすい。この市場には骨董品を扱う店が多いので、外国人旅行者の姿もよく見かける。私は暇をもてあますとこの市場でビデオを探したり、果物の品定めをして過ごしている。他の国の市場と比較しながら見ているととても面白く、あっという間に何時間も過ぎてしまう。

市場調査は本来尼崎さんの仕事であるが、私の場合は娯楽の一種として市場を巡っている。ただ、私はあまり買い物をしない方なので、カンボディアの経済にとってはあまり役に立っていないかもしれない。

最後にこの報告書を読む人にとって多少の参考になればと思い、私がカンボディアに持って来なければ良かったと思う物と、持って来なくて後悔した物を書きたい。

持って来なければ良かった物としては、NECのパソコンがあげられる。日本語以外は一切使わず、こちらで流通しているソフトも使わず、他の人とデータのやり取りもしないというのであればこれでもいいが、やはり今思えばIBM互換機を買うべきであった。ノートパソコンもこちらで買えたが、今だったら日本で買った方が安いだろう。

持ってくれば良かったと思う物には、写真や日本に関する本などがある。私は家族や街並、自分の今までやってきたことの写真などを何一つ持って来なかったので、日本の家族に頼んで送ってもらった。写真でないと説明できないことというのは意外に多いのである。

日本に関する本は最後まで持って来るかどうか迷ったのだが、結局荷物の関係で持って来ることができなかった。しかし、やはり困ってしまったのである。こちらの人は自分の国の面積、人口、その他のデータをきちんと覚えていることが多いので、最初の頃は尋ねられても手元に資料が無くて答えに詰まってしまったことがある。カンボディアの人は日本に非常に感心があって、いろいろなことを知りたがっているので、それに応えるにはそれなりの準備が必要なようである。

特定の職種に関するものについてはわからないが、日用品に関してはほとんど何も持って来る必要はないと思う。私はフロスのセットなども持ってきたのだが、しっかりこっちのスーパーで売っていた。百円ライターもボールペンもいらない。カメラもフィルムもいらない。日本食もスーパーで買える。ただ靴は持ってきた方がいいかもしれない。こちらでも売っているが品質の割には高いのである。もっとも品質を気にしなければいくらでも安く手に入れることができるのであるが。

外は今スコールの真っ最中である。この時期は午後の一時から三時頃、突然猛烈な風が吹き始めて街中が埃に覆われる。五分ほどするとこの埃を洗い流すかのように激しい雨が降り始めるのである。雨はもう小降りになってきた。時間にして三十分ほどであろうか。雨のおかげでだいぶ涼しくなったようだ。