1994年 3月 7日提出
カンボディア 観光省 (MINISTRY OF TOURISM)
昨年末に観光総局 (GENERAL DIRECTION OF TOURISM) から観光省へ改組され た。
現在観光省に在籍しているスタッフは約百八十人である。
組織の大まかな枠組みは決まったものの、省内の詳しい人事等は今の時点では決 まっていないようである。現時点で判明しているおおよその体制は、大臣(Secretary of State)であるH.E.Veng Sereyvuthの下に副大臣(Under Secretary of State)として H.E.Sok Sophea Chenda, H.E.Som Promnie, H.E.Taom Khon の三人がおり、それ ぞれが二つの Department をマネージメントするというものである。
現在常駐で働いている外国人スタッフは、私達の他にはCAMAから四人の英語 教師が派遣されいて、主に若いスタッフに英語の授業を行っている。この他には、H.E. Sok Chenda のアドバイザーである Mr. Darith Nhieim のオフィスで、UNDPや UNESCO、ILOのスタッフが活動している。
観光産業にかける政府の期待は非常に熱い。ノロドム・ラナリット第一首相が観 光産業の発展を大変に重要視しており、非公式ではあるが、1997年度までに観 光客数を百万人の大台に乗せたいという意向がこちらにも伝えられて来た。
観光省内における私達への期待も非常に強く、彼らの求めるものにこちらが応え きれないのが現状である。省内に観光産業のエキスパートがいない状況が続いてい る現在、どちらかと言えばカンボディアの観光産業全体のマスタープランを作れる ような専門家を強く求めているようである。
私が観光省に配属されてから行なった仕事と言えば、昨年度の出入国統計の チェックと昨年十二月と一月分の観光統計のレポート作り、それにポチェントン空 港で配る予定の、観光客向けのアンケート用紙の作成などぐらいである。省内の人 事がまだ完全には決まっておらず、これから統計に関する作業を誰と進めていくか、 なかなか決められない状態が続いている。
現在観光省内での統計関係の業務の中心は Mr. Ouk Siphan で、彼が MINISTRY OF INTERIOR などから、出入国カード等をもとにした情報を集めてきて月別のレポー トを作成している。
短期緊急派遣の方がこちらで活動されていた頃は、当時の観光総局と他の省庁と の間に情報の連絡経路が無く、空港職員による不正が横行していてまともな出入国 データを得るのはかなり難しいのではないかと考えられていたのだが、実際に来て みると、すでにある程度使えそうなデータを取れる態勢はでき上がっていた。
そのため一番問題になりそうだと考えていた、「情報の獲得経路の確立」はクリ アーされ、統計業務に関しては毎月のデータから季節変動を分析したり、これから の観光客の伸びから国内の Accomodation の需要予測を行うような作業が中心に なっていくだろうと考えている。
「心構え」という事に関して言えば、現在、カンボディアの役所の中はどこも多 かれ少なかれそうなのであるが、人民党とフンシンペック党との足並みがなかなか そろわない状態にある。観光省も以前は人民党の牙城であったため、そこに入りこ んで来たフンシンペック党との間でなにかと対立が起こっている状況である。
人民党派のスタッフは、ホテルや旅行代理店などにも強いネットワークを持って いて、観光省の枠組みをがっちりと押さえてはいるのだが、残念ながら彼らはあま り観光省での仕事に熱心ではない傾向がある。
それに対し、フンシンペック派のスタッフは、外国帰りの者も多く、総じて熱心 に仕事をしているのだが、この国の状況や習慣に溶けこめていないような印象があ る。両者が手を取りあって仕事を進めて行けば、かなりスムーズに話は進んでいく と思えるのだが、そうなるにはもう少し時間が必要と思われる。
私としては、これからどちらか一方と中心になって仕事を進めていくと、後々難 しい問題が発生してくることが予想されるので、できる限り中立的な立場を守りな がらこれからの業務を進めて行けたらと考えている。
また、ともすると、他の外国人スタッフのように特定のスタッフのアドバイザー になってしまう可能性がある。実際にはその方が仕事は進めやすいのだが、そうす ると大多数のスタッフを置き去りにしてしまう危険性がある。私の仕事は「地元の 人達と共に汗を流し」という仕事とは程遠いが、少なくともここでは一般のスタッ フに近い所で仕事を進めたいと思う。
書面による確認は無いが、Technical Assistant という位置付けで、二階のフロ アーに専用の一室を与えて頂いている。現在までのところは特定の部署には配属さ れておらず、統計業務を担当している Mr.Ouk Siphan (シパン)達との打合わせは、 この部屋を使って行なっている。
私の担当する業務は、出入国統計を元にした観光客の統計を中心とした統計業務 全般で、今後五人ほどの統計専門の部署が設立される予定である。
(b)予算的裏付け(任国の予算措置状況・JOCVの支援資金)
観光省の年間予算に関しては今までのところ不明である。私達の直属の上司に当 たる Mr. Suong Leang Hay (ソン・リン・ハイ)に尋ねたところ、年間でいくらと いう予算は無くて、何か予算が必要になるとその度に MINISTRY OF FINANCE に 予算を申請しているそうである。当然の事ながら予算はあまり無いと言っているが、 政府が観光産業を最重用項目の一つに挙げているぐらいなので、実際にはそれなり の予算を獲得しているものと思われる。
JOCVの現地支援経費としては、平成六年度予算として今のところ5800ド ルを計上している。その内訳は統計業務に使われるコンピュータ一式が約3500 ドル、シェムリアップなどの観光地調査にかかる費用が約1500ドル。業務上必 要な書籍に約800ドルとなっている。
この内で統計業務に使われるコンピュータは観光省の側で入手するように要請し、 今のところその方針で話は進んでいる。しかし、実際に予算を獲得できるかどうか はわからず、現在までのところいつ頃コンピュータが導入できそうか、具体的な話 は無い。
現在観光省が統計から知りたいと思っている情報は、
- 月別の観光客の数と主な国籍
- 今後数年間(具体的には1996年から1997年)の観光客数の予測
- 観光客が増加した場合必要なホテルの客室の数
などである。
このうち、月別の観光客のデータは比較的信頼がおけそうな数字が得られるよう になってきている。この数字はポチェントン空港で提出される航空機利用者の出入 国カードを元に MINISTRY OF INTERIOR がまとめた物で、航空会社の利用者数か ら得られる数字よりも若干多い線で落ち着いている。
今後関係省庁と連絡して、現場での調査方法の枠組みを確立すれば、これからは 比較的安定したデータが定期的に得られる可能性もある。しかし、昨年までのデー タは一貫性が無くて余り使いものにならないのが現状である。一年間のおおよその 入国者数はわかったものの、月別のデータで十倍近い数字のミスがあったりするの で、この数字は一万人程度の誤差があるものと思われる。
昨年以前は月別のデータも無く、また政治的な状況もまるで違うので、実質的に は過去の出入国のデータは無いに等しい。そのため、今後の観光客の予測をどのよ うにすればできるのか困っているところである。
今後の計画としては、なるべく早い時期に統計専門のスタッフを確定してもらい、 現場の仕事を一つ一つ進めながら、仕事の方法で変えられる所は変えていき、統計 業務の枠組みを確立できればと考えている。現在統計業務を担当しているスタッフ 達に対しては、彼らが私よりもかなり年配ということもあり、こちらの考えを一方 的に押しつける様なことはせず、一緒に仕事をしながら出てきた問題を考えていく ようにしていきたいと考えている。
その一方で、できればコンピュータや統計に興味を示してくれそうな若いスタッ フを見つけて、統計やコンピュータに関することを基礎から身につけてもらえたら と思っている。
現在私達五年度二次隊の三人は旧事務所の二階の宿舎で生活をしている。カンボ ディアではまだ相手国側との住居に関する取り決めができていないため、先輩隊員 はそれぞれが自分で部屋を探して生活している。
UNTACがいた頃に比べるとだいぶ家賃は下がってきているようだが、それで も住居費の枠内でいい部屋を見つけるためには、それなりの人脈が無いとだめなよ うである。
三月三日現在、観光省の同僚に住居の事を話したところ、プノンペンの南の方に 一部屋紹介してもらう事ができた。その部屋は街の外れの方に位置し、職場までの 通勤距離が今よりも長くなってしまうのが難点だが、電気・水の状態や室内の様子 などは十分すぎるものだった。
これからできたら何件かの家を見せてもらい、五月までには宿舎から出たいと考 えている。
バンコクを飛び立ったタイ航空のボーイング737がカンボディアとの国境を越 えると、眼下には一面に緑や茶色の大地が広がっていた。上から見ると人影も道も 村も見あたらない。
飛行機が着陸体制に入り高度を下げ初めても、相変わらず下には何も見えず、よ うやく着陸寸前になって小さな家が見えるようになってきた。ここがプノンペン だった。
まず初めにびっくりしたのは空港の建物の小ささと到着ホールの設備の古さで、 その次が市街へ向かう車の中から見た混乱した交通事情だった。こういう国では交 通マナーが悪い(無い)のは珍しくないが、道路を埋め尽くすバイクがそれぞれ好 き勝手に走っている様子は、やはり日本から来た身にはかなりのギャップがある。
最近ようやく自転車で街中を走ることにも慣れてきたが、注意して走っていても ヒヤッとすることは多い。特に大通りを左折する時は、自転車が遅い分だけいつも 恐い思いをする。
恐いと言えば、初めの頃は銃声に随分とびっくりさせられた。ウォナロム寺で現 地語学訓練をしている時も、夜中に寝ていると近くで派手な銃撃戦が始まったりし たし、隊員宿舎に移ってからも宿舎の前で夜中に銃撃戦が二度ほどおきた。最近は 銃撃戦の音を聞くことは少なくなってきたが、それでも散発的な銃声が聞こえるこ とは多い。四年度三次隊の方が来た頃に比べればかなり平和になったとは言っても、 治安の状態はまだまだ良くならないだろう。
プノンペンに来た当初、思っていた以上に街に品物が豊富なのには驚かされた。 一般の食料品はもちろん、衣料品も種類や品質は限られているがいろいろとあり、 コンピュータショップが何軒もあるとは思ってもいなかった。秋山さんの報告書で フロッピーディスクなどが手に入るということは知っていたが、コンピュータ一式 が日本よりも安く買えるということは知らなかった。この国のコンピュータはIBM互換機がほとんどで、互換機を持っていればソフトも周辺機器も日本語の物 以外は全てこちらでそろえることができる。
私の持って来たコンピュータは残念ながら日本でしか使えないコンピュータのた め、こちらで仕事に使われているソフトウェアをそのまま使うことができない。や はり来る前にもう少し情報を集めておくべきだったと後悔している。ちなみにこの 国では周辺機器メーカーとしてはCanonが非常に強い。私が持って来たプリン ターはこの国で問題なく消耗品を補充する事ができる。ただ日本で買うのと変わら ない値段である。
食べ物に関してはそれほど問題は無かった。元々東南アジアの料理が好きだった せいもあるだろうが、ここの食生活にも比較的すんなりと溶けこむことができた。 ただ人によっては、この国独特のすっぱい味付けや、魚料理の泥臭さ、香料として 使うコリアンダーの香りに馴染めないという人も多い。そういう人は街中に五軒ほ どあるドルショップで洋食の材料や日本食を買えばしのぐことができる。日本食は 非常に高いが、味噌や醤油はもちろんのこと、インスタントラーメンからラッキョ ウにカレー、日本のビールまで手に入る。隊員が派遣されている国で、これだけ日 本食があふれている国はそう無いだろうと思う。おかげで悲しいことに日本食が恋 しくなることは無い。
カンボディアの人達に関する印象は、まだ全般に言ってこうだ、と言えるような 印象は無い。とても親切な人もいれば、非常に利己的な人もいる。いつもにこにこ している人もいるし、笑顔を見せたことの無い人もいる。交通事故の場面に出会っ た時や強引な商売のやり口に腹を立てることも多いが、逆に市場のおばちゃんの何 気ない一言や思わぬ親切に嬉しくなるることも多い。人間が多少ぎすぎすしている のは、ここが首都だからある程度しかたがない事なのかも知れない。
現地語学訓練は王宮のそばにあるウォナロム寺で一ヶ月間行われた。ここには渋 井さんという日本人の住職がいらっしゃって、私達は彼の宿坊で生活させて頂いた。 寺での生活は隊員宿舎での生活に比べると快適とは言えないが、ここで日本語の勉 強をしている子供達と一緒の生活は、新参者の私達にとっていろいろな勉強になっ た。生活習慣の違いや身の周りの物の呼び方など、彼らから教えられることは多 かった。
語学の授業は一日三時間で、今回は渋井さんが初めのうちは日本に帰っていたた めに、代わりにプノンペン大学の教授二人が授業を担当された。二人はほとんど面 識が無かったそうで、そのため授業にはまるで連係が無く、共通のカリキュラムも 無かった。しかし彼らのうちの比較的若い先生は、以前他の外国人にクメール語を 教えた経験があったそうで、もう一人の先生よりも授業の進め方にも一貫性があり、 この先生の授業は非常にためになった。
この語学訓練では、クメール人が普通に話すスピードに慣れるのが大変だったが、 日本にいる時と違って周りにはクメール語があふれているので吸収は早かったよう に思う。
現地語学訓練はクメール語だけだったが、今考えると日本かこちらで英語の訓練 もあれば良かったのにと思う。観光省では仕事の話はほとんど英語で行われている し、他の外国人スタッフとの会話も英語を使っている。上司に提出するレポートも 英語である。しかし、私の英語力がまだとても仕事に使えるレベルとは言えないの である。
私が知っている英語は旅行に使う英語のレベルなので、敬語の使い方やフォーマ ルな表現などがまるでなっていない。観光省のスタッフはフランス語ができる上に 英語も話すので、私などは非常に歯がゆい思いをしている。全員に英語の訓練を行 う必要は無いが、英語が必要な隊員にはもう少し柔軟な対応しても良いのではない かと思う。