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菊地京子の俳句―その述語的世界 | ||
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青蚊帳に父の潜水艦がいる 京子 この句で作者は、平成六年に第二十五回原爆忌俳句東京大会で東京都知事賞を授賞した。この句については平成九年三月号の『浄土』誌で「俳句の未知へ」という拙論のなかで書かせていただいた。そのとき私は『日本書紀』崇神天皇紀に書かれている、いわゆる「箸墓伝説」を取り上げた。その伝説の粗筋はこうである。 姫のところに毎夜、通ってくる男性が、夜が明けると居なくなる。姫がうるわしい姿を一度見たいと願うと、男は明朝に櫛の筥を開けるように言う。明朝、言われた通りにすると、そこからきれいな小さな蛇が現れた。姫は動転して大声を出して騒ぎたてると、蛇はたちまち美丈夫の姿に戻り、恥をかかせたと天空を飛んで御諸山(三輪山)へ還ってしまった。姫は泣き悲しんで座ったところ、箸で陰を突いて死んでしまう。 古代人の思考。蛇=男の性=箸、筥=ほと(女の性)、とイメージが重層していく古代人の思考をこの京子句に読みとってしまったのだ。作句にあたって作者は意識してか、または無意識かはあまり問題にすべきではない。この句は主催者の意図をはるかえに超えて読むことが可能に思われる。主催者の意図どおりに読んだとする、たとえば、「私は青蚊帳のなかで寝ていた。ふと気が付くと父と父が戦争中に搭乗していた潜水艦が幻のうちにあらわれた」。 しかし、この句はイメージの重層を可能にする。「箸墓伝説」では蛇=男の性=箸、そして筥=ほと(女の性)と重層するのだが、この句もまたそうなのである。青蚊帳=女の性=わたくし=生(エロス)、そして父=原初の異性像(男の性)=潜水艦(暴力)=死(タナトス)。このように生(エロス)と死(タナトス)との対比および融合がおこるのである。 私はここで結局は解釈に堕してしまうであろう読みを加えないでおく。私たちの言葉は、一語につき一つの意味に対応するようになってしまっているのだ。子細に語れば語るほど、イメージの重層性を損なってしまうから。 一生の途中に梅を干しておく 立ち話に昼顔が入ってきて困る 日本海まだ海の体温でいる 幻聴の女だったり雪だったり なんの告白朝顔のひしめきは 山吹のうっふふ径に迷えばいい 空蝉の中けんらんたる昔 国宝をしだれ柳に盗まれる (第二句集『華』より) 句集『華』より抜き出した。ここには平成元年から同十六年の句を収めている。私は作者と千葉県現代俳句協会の句会でご一緒させていただいている。選をするとき、誰の句であるかは詮索しない、ただ句に向かうのみである。それでも、この句は作者のものであると、私には分かってしまう、ほぼ間違うことはない。それほど個性が強いからか、または私の俳句の始めより京子俳句は身近であったという理由からか。たぶんその双方であろう。 『華』は第二句集である。私は第一句集を読みたいと作者にお伝えした。その句集は『華樹』で昭和六十年七月発行である。俳名は菊地史登、「史登」はご令嬢のお名前「史登枝」さんからとったと記憶する。私が俳句を始める前の京子俳句を読むこととなった。 叫びたきもののつまりし雛の笛 蓮如忌の喉を鳴らせり生の水 逢うまいと北に流れる凧仰ぐ まじないの木櫛は熱し遠芒 昏くなる花野で髪の酔い覚ます 秋蝶に疲れうつされ椅子に寝て どしゃ降りの木蓮までの眉描いて まんさくの睡り分け入る一封書 (第一句集『華樹』より) 私の知らない京子俳句、どれも佳句だと思う。現在の京子俳句とは違う味わい。作者の情感はものに封印されて一句となっていると思われる。 私は句集『華』の句をのみ京子俳句だと思っていた。しかし『華』から『華樹』へ通覧すると、現在の京子俳句に「破」がみてとれるのだ。「序破急」の「破」である。「破」の京子俳句しか知らなかった私は、「序」の句を読むことによって、作者は何をめざしていたかを知ることとなった。 作者は、情感の完結よりは、情動のなかで一句が生まれることをめざしたと思われる。情動のなかで、「ことば」を、そして「もの」を輝かそうとしたのである。このことは、第一句集では体言止めの句が多いのに対して、第二句集では用言止めの句が多いことにもあらわれている。 情感を「もの」に託するのではない。一句のなかで「もの」は「もの」を語りそして同時に、作者の感情、形をなした一個の感情をありありと語るのである。第一句集『華樹』の最後の章は「言霊」であることに私は注目した。 折口信夫は「ものは靈であり、神に似て階級低い、庶物の精靈を指した語である」と言う。「ものがたり」、「ものごころ」他、「もの」がつく用例は多い。「もの」は物質のみを意味することばではなかったのだ。 〈囲われたもの〉→筥→ほと(女の性) 〈とがったもの〉→蛇→男の性→箸 「もの」は述語的同一性のなかでイメージを重層させていく。もう一度、句を掲げる。
ここでもまた同様のことが起こる。 〈囲われたもの〉 →青蚊帳→女の性→わたくし→生(エロス) 〈とがったもの〉 →父=原初の異性像(男の性)→潜水艦(暴力)→死(タナトス) このような述語的同一性による思考は、主語的同一性にもとづく通常の論理、惰性的な世界(現実)を問い直していく。京子俳句とはそのようなものなのだ。 さて、「序破急」の「破」まで来た京子俳句、次なる「急」は、はたしていかなるものになるか、期待するのは私だけではないであろう。まだまだ先があるようだ。 (畢)
俳句の未知へ 大畑等 平成九年三月『浄土』誌掲載
鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる 楸邨 加藤楸邨の代表句の一つであるこの句に、私は現代性を感じる。ただ新しいと言うのではなく、ものが暴力的に露出してくる現代に、鋭敏に反応しているからだ。この句にも感じる諧虐味は鮟鱇の容姿そのものに備わっているのだが、この句の特徴をきわだたせるために他の俳人の句を掲げてみる。 鮟鱇の口ばかりなり流しもと 虚子 鮟鱇を煮るにも痩せて書淫の手 桂郎 鮟鱇に似て口開く無為の日々 夕爾 それぞれにそれぞれの情緒が表れていて、それが鮟鱇の容姿とぴったり合っていて、いわゆる俳句らしい。一方楸邨の句は、目の前の鮟鱇の状態が俳句のリズムにのせて畳み掛けてくる。情緒を交えることができぬほど、暴力的に露出するのである。 たった一発の爆弾で都市が壊滅する。それは人間が作ったのではあるが、その原理は夜天の星々の光の源泉でもあるのだ。「もの」の力は伏せられていたに過ぎない。堰が切られて、「もの」の力が私達の日常に押し寄せてくる。楸邨のこの句は昭和二十四年に刊行された句集『起伏』に載っている。広島、長崎に原子爆弾が投下されて、戦争が終わる。その生々しさは、作者の心中にあったとしても、この句から戦争の悲惨さを読みとろうとするのでは決してない。「もの」が大いなる力をもって、私達の現前に出てきている、そういう状況のなかに私達は、俳句は、さらされているのだ、と感じてしまうのである。 「花鳥風詠」という美意識に俳句を閉じこめなければ、俳句は未知なる領域に放り出される。人工物も含めた「もの」の世界は多様で、混沌としている。しかしもはや俳句の表現領域を限定することはできない。そのようなことを、この俳句から実感するのである。楸邨は「人間探求派」と呼ばれているが、実作の立場から言えば、とらわれることはないであろう。「もの」から逃げない、「ことば」から逃げない。それだけのことではないのだろうか。 元旦の汽罐車とまり大きな黒 楸邨 貨車押して片目は枯野見つつあり 〃 こがらしやしかとくひあう連結器 〃 これらの句に見られる心情は自然との幸福な関係を表現してはいない。むしろ社会的な不安であり、冷たさであり、複雑さである。花鳥に目を留めるのも人間なら、貨車に目を留めるのも人間である。「もの」、「ことば」と向き合っていなければ、このような句は出てこないのである。向き合っていればこそ次のような句も出てくる。
先輩の菊地京子さんが平成六年に第二十五回原爆忌俳句東京大会で東京都知事賞を授賞した。私は何の大会での授賞作かも知らず、この句を耳にした。即座にこの句に現代を感じた。「青蚊帳」と「父」と「潜水艦」の強烈な三語を俳句の十七文字に収めることは、通常ほとんど困難なことなのに(主題が分散して、核心に届かないから)、ここではしっかりと、訴えてくる。きっと俳句のリズムに言葉がのっているからである。意味が分散するのを、俳句のリズムが頑として拒否しているのだ。また非常に幻想的だが、決して浮ついていない。情景は全くの非現実でありながら、現実と同じ強さをこの句はもっている。それは、よけいな感情移入をしていないからだ。したがって、この句は読者それぞれの鑑賞にたえる。私は作者の意図にもかかわらず、この句に生(性)と死とさらに父性という現代人心の錯綜する心情を感じるのであるが、この句を散文でどのようにほぐしていっていいのか。実にやっかいな句ではある。 青蚊帳という「私」の領域に死んだ父がやってきた。ここでこの句に「死」と「父性」が登場する。しかし父と思っていたのは実は、「私」の心の中に沈んでいた巨大で獰猛な潜水艦であって、それは男の「性」であり、ある時は人間を殺弑する機械でもある。それは自分の中にあるものでもあり、かつ他者でもある。夢のなかでは、このような転換は不思議にも容易になされる。この解釈は私の独断である。京子さんの弁によれば、艦砲射撃で重傷を負い死線をさまよったが、毎夜青蚊帳の中に亡父が迎えに来た。しかし履き物が見つからずに目覚めるという日々が続いたということである。しかし何故潜水艦なのだろう。精神分析医なら旨く言うだろうが、とにかくここで、この句を一気に現代人の心性にまで触れさせてしまったのは「潜水艦」の出現という不気味さである。 しかし、この句に古代の心性をも感じる。『日本書紀』崇神天皇紀の話に、姫のところに毎夜、通ってくる男性が、夜が明けると居なくなる。姫がうるわしい姿を一度見たいと願うと、男は明朝に櫛の筥を開けるように言う。明朝、言われた通りにすると、そこからきれいな小さな蛇が現れた。姫は動転して大声を出して騒ぎたてると、蛇はたちまち美丈夫の姿に戻り、恥をかかせたと天空を飛んで御諸山(三輪山)へ還ってしまった。姫は泣き悲しんで座ったところ、箸で陰を突いて、死んでしまう。いわゆる箸墓伝説である。この話もやはり、生(性)にそして、死にかかわるものであり、人間の根源に性があることを暗示してはいないだろうか。人間を超越する力をもった蛇、男性の象徴としての蛇、動物でありながら祀られる蛇は、古代人の心に形を変えながら現れる。 京子さんのこの句は、原爆忌俳句にとどまらずに、根源的なものを訴えてくる。古代的であり現代的な句なのである。その要は「潜水艦」のイメージを最大限に活用して句に用いたことにある。この句の「潜水艦」は古代における蛇と同様に多義的である。 私は、楸邨の句と菊地京子さんの句の類似や対比のためにこの稿を起こしたのではない。これらの句を通して、未知の領域に足を踏み入れよ、と自戒したかったからである。
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