| (現在のコメント) 今のモーニング娘を誰が予想しただろう。 ワタシ、ミニモニのファンです。 「ひなまちゅり」をTVで見たとき、アレ、これって騎馬民族(韓国と言っていいのかな?)のノリでねえの、と思った。 フロィディアンの心理分析書が好きです。 精神分析学や心理学は数式を使うのですね。 河合隼雄も数学出でしょ。まあ、見えないものを関係付けるのは、数学が一番かなあ。ボクは苦手ですが。ユダヤ人が得意でしょ。建築家ルイス・カーンの建築模型を見たとき、空間に関係付けられた光(というより空間=光の構造)を感じ、びっくりしました。もう思考の構造がちがうんですねえ。 実は、ソラで説明できるほど理解していなかった。 資料:直後に ゴローさんから「ワープロ的返送 三王排送中心」 もしかしてミキは三鬼のアナグラム 書いている時は、意識してなかったなあ、確かにミキは三鬼ダワサ。 |
今日は雛の日、三人の老婆にまず、この日を奉りましょう。さて身近に三鬼を嫌いな俳人がいる。三鬼のドラマ性が嫌なのか?今度会ったら山口誓子はどうかと聞いてみよう。 三鬼の句の最初の印象。古典的である。漢字の素養がある。似せものの西欧がある。コレ、ずばり当っていました。彼の経歴がそうです。でも、略。今日は長くなりそうだから。まずは三鬼の自註を紹介。 井の頭公園の作。目まひがする位明るい公園の一角に、真暗な樹影があり、そこで老婆が三人声を合せて笑った。この三人の三といふ数は天が定めた数である。 三鬼さん天は天でも魔天でしょう。オレ解っているんだから。「三」ですか。キャンディーズですね、ラン、スー、ミキですよ。高橋源一郎によれば複数のアイドルの場合「二人」が基本なんだって。ザ・ピーナッツ、こまどり姉妹、ジュンとネネ、こいつらアイドルかよ。まだあった、リンリン・ランラン。あー、だんだん気持ち悪くなってきた。今や朝ヤンの「モーニング娘」の時代だぞ。それでですね、キャンディーズもやはり二人なんだってよ。ミキちゃんゴメンナ、(何で俺があやまらなくっちゃいけないんだ、悪いのは源一郎だぞ)ミキちゃんは影なんだってよ。ランとスーを光らすための。だからアレは「二人」なんだって。でも三人が三人とも影だったらドースルんだよ。 三鬼の「三」は、世界の安定構造たる鼎の「三」ではありません!全く見知らぬ「三」人に声を掛けたとしよう。一人に話す。もう一人の表情をうかがうために、チラッと視線を向ける。二人ならこれで終わりです。三人の場合はここでもう一つチラッが要る。その時前のチラッが、どう変貌しているやら。恐いですねえ。そうそうJ・ラカンのモデルにもありました。やっぱり三人です。自分が解った奴は駆け出して良いという条件のもとにA・B・Cの三人を設定するんです。Aは自己を否定して、Bを見る。次に「CがBを見ている」ことを見る。そしてCが駆け出さないということを確認してAが駆け出す。ということはA・B・Cが同時に駆け出す。つまりは自分というものはパラドキシカルにしか解らないということ。興味ある人は、直に読んで下さい。オレ、いいかげんだから。(本は図書館に置いてある、ここらへんは、この紙枚では説明不可能、フンイキだけ感じとって下さい) 三鬼の「三」はそのような「三」なんですよ。これが「天が定めた数」とは、やっぱり三鬼の直感はスゲーナー。 それに下五の「わらへりき」の「き」が利いています。ハイ、『古語林』を取り出しました。「き」は直接経験の過去・回想の助動詞と書いてあります。三鬼の頭の中で妄想がどんどん膨らんでいったんでしょうねえ。あっ、例文があります。 ・ 鬼のやうなるもの出て来て殺さむとしき 〈竹取物語〉 ホラ、『古語林』だって、三鬼のこの句を応援しているじゃありませんか。もう一押し、アルチュール・ランボーだぞ。「き」→「イ」だぞ。 イ I は緋衣。喀かれし血、怒りに或るは えま 悔悛に酔う人の、美しき朱唇の笑い。 『母音』より ほれ見ろ、「わらへりき」だろうが。これだけ俺が言っても、三鬼を嫌いな人はやっぱり嫌いなんだろうな。 俺、スーちゃんのファンだったの、やっぱりミキちゃんゴメンナ。明日の「今朝の一句」は休もうかな?(等) |