自家製北鎌湧水beer


密造本舗謹製



御試飲者各位



アルコールの記憶は,その時いた街,人の思い出と結びついている。 だから味を思い出そうとすれば,その時の体験や気分までついてくる。
わたしが味わったビールを、今夜は1杯。

北鎌倉で井戸を掘る事になった。
北鎌倉は、実は知る人ぞ知る湧水の地。山ノ内から大船、岩瀬の狭いエリアに、200ほどの自噴井戸がある。
通常わたし達が知っている井戸は、つるべ落しがついている「ため掘り」、という井戸。直径一mほどの穴の底に、水がたまり、それをつるべでくみ上げる。これでは水はいつまでもたまって、水質が悪くなってしまう、といわれる。
北鎌倉近辺の井戸は、直径10センチほどの穴を100メートルほど掘り、水が水圧で自然に湧き出す。自噴井戸だから、常に水が湧き、水質も比較的良い。この上総掘りの自噴井戸を、友人が、新たに北鎌倉岩瀬上関青少年広場で掘ることになった。

「井戸掘り、楽しいョ〜、いっしょに掘ろうよ!」
知人からの電話で、まだ雪の残る公園に行った。遠くから直径4mものひご車が見えた。この時点でわたしは後悔した。思ったよりはるかに大事そうだ。
上総掘りは先端に刃のついた、長さ5mほどの鉄管を地面にたたきつけて穴を掘る。穴が深くなったら鉄管に竹ひごをつないでさらに掘り進む。鉄管をたたきつけるのは、竹のしなりを利用したばねがあるとはいえ、人力だ。掘った土が鉄管の中にたまるので、10cmほど掘り進んでは、鉄管を引き上げなければならない。その時にひご車で、竹ひごを巻き取り、先端についた鉄管を引き上げる。ひご車を回すのも人力。中に人が入って、ハムスターよろしく踏んでまわすのだ。一日に掘り進めるのは、良くて数m、進まない日は5cmほど。どう考えても、タイヘンな作業だった。

真っ先に飛びついたのは、子どもたちだった。巨大なひご車を前に考え込むわたしを尻目に、嬉々としてひご車によじ登り、踏み出した。その姿はどう見てもやはりハムスターそっくりだ。鉄管が引き抜かれ、中にたまった土を水圧をかけて出す作業になると、一人の青年が進み出た。掘り出された土を、口の中に含んでいる。聞けば地学者で、こうして土の粒子の粗さ、土質を調べるのだという。むろんこんな楽しい事に、子どもたちはすぐに飛びつき、次々と土を口に含み出した。
子どもたちのノリのよさを見せつけられると、すぐにこちらもやってしまうのは、やはり親子である。次ぎの作業は、竹ひごを引き上げては落して掘り進むこと。それも、竹ひごの周りを回転しながら。その方が、穴が均等に掘れるのだそうだ。竹のしなりを利用しているので、さほど力は使わないが、やはり中腰はこたえる。おまけに同じ方向に回らなければならないので、けっこう目が回った。ベテランと比べると、各段のへたくそさながら、子どもたちとくるくる回って、掘れたのは5cmだった。

井戸を掘り出して、数週間経った。今だ水脈の層まで届いた,と言う声を聞いていない。
水が湧いたら、今年の自家製ビールはそれで仕込む。
水から掘った井戸水で、自ら仕込んだビールが、まずいわけはない。
土を口に含んで調べる青年に、飲ませたい。土の味も悪くはないだろうが、ビールはさらにおいしいはずだ。
ちなみにこの青年は全国の湧水を飲み歩き、HPを作っていた。このページに、新たな井戸が乗るのも、そう遠い事ではなさそうだ。
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