自家製北鎌湧水beer


密造本舗謹製



御試飲者各位



アルコールの記憶は,その時いた街,人の思い出と結びついている。 だから味を思い出そうとすれば,その時の体験や気分までついてくる。 わたしが味わったビールを、今夜は1杯。

「おいしい酒は,結局はおいしい水だ」
と言ったのは,酒や食べ物に一寡言ある作家の開高 健だった。
真意は彼が故人となった今はわからない。
おいしい水の味がする酒が良い酒なのか,おいしい酒は水の様に飲めてしまうのか,はたまたおいしい水で作ったのが良い酒なのか。
いつの頃からか,わたしは水のようなくせのない味の酒が,おいしい酒だ,と思っていた。
ビールを作り始めて2年目,おいしい酒を作るのは,結局おいしい水が決め手ではないか,と思い始めていた。アルコール分などたかだか数パーセント。麦汁も十数パーセント。残りはやっぱり水だ。
 グループ・アクアの鈴木さんは北鎌倉の上総掘りの湧水を研究し,町おこしを考えていた。わたしが自家製ビールを造っていると知って,多いに興味を示し,自宅に井戸を持つ石井さんを紹介してくれた。
 石井家は北鎌常明寺の裏あたりにあった。背景に六国山系が見える。この山の水が地下を流れ,それを掘りぬいたのが石井家の上総掘り井戸。上総掘りとは,直径10cmほどの穴をあけて岩盤を掘り進み,地下水が流れる透水層にぶつかれば,つるべや手押しポンプを使わずに自然の圧力で温泉のように水が自噴する仕組み。地上にある直径50cmほどの陶器の井戸筒(タンク)につながるパイプから,水は流れていた。水音だけが響き,静寂があたりを包んでいた。
それは冷たくすんで,美しかった。

用意したポリタンクに水を汲む。後から後から途切れることなく流れる水が作る波紋を見ていると時間を忘れる。手ですくって飲んでみた。とても懐かしい。子どもの頃,暑い夏。麦わら帽と虫取り網を手に原っぱを駆けまわった後,水道から流れ落ちる水を顔を横にして飲んだ。そんな事を思い出させた。

翌日は湧水でビールの仕込み。グループ・アクアの鈴木さんを含めた自称杜氏たちはありがたい湧水を貴重品のように扱い,時々湧水で入れたお茶や珈琲を飲んだ。だからと言って,作業中飲む生ビール(国産メーカー品)の量は減りはしなかったが。

    手元にある自家製北鎌湧水ビールは1年近い塾生期間をもった。この間アクアの鈴木さんは,市民みんなが自由に使える井戸を掘るため,奔走した。職人を探し,掘る為のやぐらを復活させ,参加者を募った。
この28日北鎌倉にある岩瀬下関青少年広場で、伝統の上総掘り技法を使い掘削を始める。充分熟成された自家製北鎌湧水ビールは,フルーティーで,まったりして,しかし後味がさわやかな味だ。このビールを持って行って,掘削開始を共に祝いたい。

開高 健は「おいしい酒は,結局はおいしい水だ」と言った。
自家製北鎌湧水ビールを飲むと思う。「美しい酒は,結局は美しい水だ」
それは幼い頃飲んだあの夏の水を思い出させた。