かつて筑肥線の東唐津駅はスイッチバック駅で博多からの列車の実質の終着駅の様相を呈していた。駅のすぐ横まで特別名勝虹ノ松原が続いており、その中を歩いたこともある。当時の筑肥線の気動車の所属がこの駅の車両基地で、その略称は、全国唯一3文字で門ヒカラであった。その気動車や早朝の客車列車に乗り、玄界灘を見ながらの旅は楽しいものであった。
                                                                                 1974年8月2日 東唐津駅