MinerEssay

真夏の決闘

 



常々思うのだが、生き物というやつは、実に過酷な生存競争を繰り広げている。

ミジンコからクジラまで、それはもう、何億年もの間、食い合いの歴史を歩んできた。

我らが人間にしても、その何でもありのバーリトゥードの世界を勝ち抜いて、

小ずる賢くも、現在の地位を築いてきたはずである。

そして現在も、人間も含め、生き物達は、絶え間無い生き残りレースの中にいる。

生き物達は、生き残るために、時として非常に合理的な戦略行動をとることがある。

そして、その戦略が有効であればあるほど、頻繁に採用されて、

生き物達のDNAの中に刷り込まれていく。

そんなふうにして、多くの生物のDNAに刷り込まれた戦略行動に、

「テリトリーの形成」というのがある。(と思う。)

テリトリーとは縄張り、即ち自分の領域のことである。

つまり、自分の生活圏を守る行動をとることによって、生活を安定させ、

生き残る確率を高めるという、かなり高度と言ってもよい戦略である。

人間も含め、多くの生物の本能に、このテリトリー意識が刷り込まれている。(多分)

この縄張り意識の本能からすると、領域を侵す者は排除せねばならない。

追い出すか、殺すか、手段の違いはあれど、排除する。

そう、排除せねばならないのだ!

 

というわけで、ボクは、領域を侵す者を排除すべく闘い続けてきた。

誰と闘うねん!とツッコミを入れた諸氏は、勘が鈍いと言わざるを得ない。

もちろん、真夏の決闘というタイトルからして、ヤツに決まっている。

人類と生息圏(生活圏?)を厚かましくも共有している、ヤツである。

波打つような触角、黒光りするボディ、敏捷な身のこなし、驚異の生命力、

大胆不敵、それでいて神出鬼没、熟練したゲリラ戦法……。

まさに、人類の好敵手と呼ぶに相応しい輩である。







(ここからは、ハードボイルド風タッチで行きます)





 

ヤツとの闘いに、いつから身を置くようになったのかは解らない。

ただ本能的に闘いに身を投じ、物心ついた頃には、既に歴戦の勇士の如く、

それなりの雰囲気を身にまとっていたような気がする。

霞んだ記憶の中から辛うじて思い出せる最初のあの闘いも、

今思えば、その後に熾烈を窮めた死闘の序章に過ぎなかったのかもしれない。

そう、あの時も、蒸せ返るような暑い夜だった。

 

 

199X年 夏。

俺は完全に追い詰められていた。

冷蔵庫と食器棚の隙間 ―― 闇の奥から禍々しい瘴気が放たれている。

闇に蠢いているのがヤツであることは明白だ。

何しろ、左手に新聞紙、右手にキンチョールを構えて、

ヤツをそこへ追い込んだのが、他ならぬ俺自身だからだ。

絶大な威力を誇ると信じてキンチョールをヤツに浴びせたにも関わらず、

ヤツは、嘲笑うかのような俊敏さで闇の奥へと走り去り、身を潜めているのだ。

追われているのはヤツだったはずなのに、今は俺の方が精神的に追い詰められている。

何故だ?

キンチョールは完全に直撃だったはずだ。

なのに、ヤツのあの余裕の身のこなしは何だ…。

俺の頬を一筋の冷たい汗が流れ落ちた。

ヤツが消えた闇の奥底は静寂に包まれ、瘴気だけが漂っている。

このままここで待ち構えたとて、ヤツが姿を現すはずもない。

俺は完全な敗北を悟らざるを得なかった。

戦術は完璧なハズだった。

左サイドからは新聞紙でディフェンス。

そして右サイドから、キンチョールで強行突破。

…しかし、詰めの決定力を欠いていた。

組織プレーが通用せず、個人技でやられたと言う他ない。

ヤツも進化しているということだ。

俺は唇を噛み締め、殺虫剤メーカーの怠慢をなじりつつも、

次なる必殺ウェポンの開発に思いを馳せるのだった。

 

 

1年後。夏

俺は成長していた。

前年の敗北を踏まえて戦術の練り直しを図り、

長年愛用して手に馴染んだキンチョールと決別し、

ヤツを確実に秒殺できる新兵器も入手した。

そして、俺は再び、蒸せ返るような真夏の夜陰の中、ヤツと対峙していた。

試行錯誤の末、新たに入手した必殺の武器…。



その名は、クリンビュー。



あの敗北で俺は、殺虫剤メーカーをあてにしてはいけないことを思い知った。

そこで一度、武器というものを根本的に捉え直す必要に迫られたのだ。

まずは、殺傷力。

ヤツとの闘いにおいて、手負いのまま取り逃がすことは許されない。

例え、深手を負わせたとしても、生き残れば、ヤツの子孫に禍根を残すことになる。

故に、ファーストコンタクト、一発で仕留められる殺傷力が必要となる。

次に、照準の正確さ。

いくら威力が絶大でも、的に当たらなければ意味がない。

正確に標的を撃ち抜くためには、射手の技量と経験が必要だが、

スナイパーの腕が良くても、銃の照準に僅かな歪みがあれば、弾は的を外れる。

精巧であればあるほど、手錬れのポテンシャルは発揮されるというものだ。

そして最後に扱いやすさ。

殺傷力と照準に優れていても、長距離弾道ミサイルのような代物では、

射程が長過ぎ、且つ効力が広範過ぎるので、ヤツとのゲリラ戦には向かない。

これらの条件を考慮し飽くなき模索の末に辿り着いたのが、クリンビューというわけだ。

洗剤がヤツに対して殺傷力があるということは、以前から風の噂で知っていた。



そこで、まず検討したのがママレモンだ。



あの体に悪そうな匂いといい、如何にも効きそうではある。

人づてに聞いたケースから考えても、殺傷力の面では期待できそうだった。

しかし、照準・扱いやすさの条件については、到底満たすものではなかった。

射程が無いに等しく、また常に満タンにしておかないと、飛ばすことも難しい。

結局、その銃身(容器)では、確実性に欠けるという結論に達したのだ。

ママレモンに始まり、チャーミーグリーン、ジフ、ルック(お風呂用)から、

酵素パワーのトップ、最新の除菌のできるジョイまで、あらゆる武器を試してみたが、

いずれも俺の目に適うものではなかった。

それゆえに、追究の末に辿り着いたクリンビューは群を抜いていた。

殺傷力については、その驚異の洗浄力が有り余るほど証明してくれた。

あの油膜を消し去る洗浄力が、ヤツに効果絶大であることは確実だ。

肝心の照準だが、この武器の最大の長所はここにあった。

射程が長く、泡が線状に一直線に飛ぶ。

その上、命中の後、ドーム状の泡の塊となって標的を閉じこめるのだ。

秒殺の殺傷力の上、この泡ドームの効果が加われば、

ヤツの生き残る可能性は限りなくゼロに近くなると思われた。

そして、コンパクトかつ握りやすい操作性。

優れた操作性は、照準の精度をさらに高めてくれる。

三拍子揃ったこの無敵のウェポンを手にし、俺はマンを持して、

ヤツとの戦闘に挑んだのだった。

このときの俺は、自信の現れか、いつにもまして動きに精彩があった。

流れるような身のこなしで、ヤツを追い詰めて行く。

ゲリラ戦において、敵を安全地帯に追い込むのは愚策だ。

闘いが長期化すれば、追う者も消耗を免れないからだ。

俺は、新聞紙でヤツが隙間に入り込まないように巧みに牽制し、

ついに、広く遮蔽物のない絨毯の平原にヤツをおびき出した。

その刹那、俺は例の必殺ウェポンをヤツに向けて構え、発射した。

構える動作とトリガーを引く動作の境目は判別できない。

それほどの閃光のような俊敏さだった。

ヤツは、もがく間も与えられず、泡ドームの中に埋没した。

俺は武器の構えを崩さず、泡の中心に視線を集中させる。

1分、2分、と緊迫の時間が流れてゆく……。

ついに、ヤツは沈黙したままだった。

 

俺はこの日、鮮やかな完全勝利を成し遂げた……ハズだった。

ヤツに引導を渡した後、俺は思わぬ事態に直面したのだった。

この時に使用した武器の威力が、余りにも強力だったのだ。

ヤツを包み込んだ泡ドームは、灰色の絨毯を白く脱色させていた。

ただの汚れなら落とすことも可能だが、抜け落ちた色の復元は不可能だ。

闘いには勝利したが、俺の方にも二度と戻らない傷痕が残ったというわけだ。

以来、俺は、クリンビューを封印した。

 

200X年 夏。

あれから数年の間、俺は第一線から退いていた。

理由は自分でも判然としていない。

果て無き闘いに疲れたというチープなセリフで済ませてもいいし、

闘いの意味を問い始めた自分に気づいたと言っておくのもまたいい。

時の流れとともに、世間の営み、技術の進歩というやつも止まってはくれない。

俺が戦列を離れている間も、どこかで誰かが必死で戦っていたのだろうが、

もはや俺には何の関係もないハナシ――。

As Time Goes By ……。時の過ぎゆくまま、だ。

数年の間に殺虫剤メーカーも新兵器を世に送り出したらしく、

その名も「ゴキジェットプロ」とかいうらしい。

俺の使用したクリンビューと同等の威力を誇り、

照準の正確さと飛距離に至っては、クリンビューをも凌駕しているらしい。

しかも、絨毯を脱色させることもないという。

大企業の巨大な資金力が、俺の戦果を軽く追い越したというわけだ。







だが、もういい。





そんなことはもういいのだ。





互いに力を尽くして争うことは、ただ虚しい。





俺達は、そんなことのために、生きているのではないハズだ。





夏が来る度に、イザコザに力を割く必要などないのだ。




年に一度、
















バルサンを焚けばいいだけのことなのだから。

 





Fine








〜あとがき〜

 

やっと、仕上がりました。

相変わらずアホなエッセイですが、なかなか難産でした。

イッキに書けば、3、4時間もあれば十分な内容なのですが、

あいにく、まとまった時間と精神的な余裕のない日々が続いてまして…。

でも、書くことは好きだし、止めてしまいたくないわけでして、

短い時間をつなぎ合わせてでも執筆できるように、

気持ちの持ち方を変えたり、生活態度を改善したり、

と努めていきたいと思いますので、

何ともワガママな言い分ではありますが、

どうかこれからも、このCAPOめとお付き合いくださいませ。



執筆: 2002/08/18



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