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ボクは、サボテンが大っ嫌いである。 それは、ボクにとって危険な存在であるだけでなく、 親のカタキの如く腹立たしい存在でもある。 花屋の前を通る時は、こと更に注意を払いながら歩く。 店先にサボテンがあれば、とにかく近づかないようにする。 花屋の店先にあるだけでそれぐらい警戒してしまうのだから、 部屋で栽培するなんていうのは、もう狂気の沙汰である。 自室の窓辺にサボテンを置く人は、けっこういる。 そんな輩の神経が、まったくもって解らない。 あの殺伐とした棘々しいルックスといい、 手品師がひねり出しそうな貧相な花といい、 一体、サボテンのどこに魅力があると言うのだろうか。 第一、そんな部屋の窓辺なんぞに無防備に置いていて、 蹴ッつまづいて顔からサボテンに突っ込みでもしてみなさい! アイテテ、イテテ、では済まないではないか。 部屋の中に、地雷を置くようなものである。 まして、カワイイ!などとぬかす手合いなんてもう、 問答無用! 今宵の斬鉄剣のサビにしてくれるわ! である。 そもそも、サボテンのあのトゲは、葉が変形したものだという。 葉からの水分の蒸発を防ぐためにできるだけ表面積をケチって、 ついには、針のようなトゲになってしまったらしいのである。 言わば、奇形植物である。(環境にうまく適応したんだろうけど。) 奇形が悪いとは言わないが、部屋に飾ろうとは思わない。 勝手に砂漠で慎ましく生きていればよいのである。 とまあ、サボテンに対して散々な言いようをしてしまったが、 ボクがサボテンをここまで嫌うのには、それなりの理由がある。 それは、幼少期の体験に起因する。 あれは、小学3年生の頃のことである。 ボクは、家族でとある公園に来ていた。 その公園は、ちょっとした行楽地である。 まあ、鶴見緑地のようなものと思って頂いて差し支えはない。 公園の中には、幾つかの区画に仕切られた大きな温室があり、 温室内には、熱帯植物やら乾燥帯の植物やら、 とにかく暑い場所に生える植物が所狭しと植えられていた。 それだけでも、十分暑苦しかったのだが、 植物以上に所狭しとごった返していたのが人間だったから、 汗まみれの力士にモミクチャにされるのと同じくらいに、 暑苦しさは、凄まじくさえあるものになっていた。 ボクは温室のちょうど中央辺りの人混みの中にいた。 背後には、大小のサボテン群が配置されていた。 まるでモニュメントのように聳え立つサボテン群の中には、 高さ170センチ以上のもあれば、小さな鉢植えぐらいのもあった。 その時点では、ボクはサボテンに対して何ら特別な感情を持たず、 まして、嫌悪感などは微塵も持ち合わせていなかった。 だから、何の警戒もしていなかったのである。 そして、神の悪戯とも言うべき事件が起こったのである。 ボクは、サボテン群を背にして立っていた。 そのサボテン群の反対側にも、若い女性が背を向けて立っていた。 つまり、サボテンを間に挟んでボクとその女性は背中合わせに、 何の因果か、偶然、立っていたことになる。 次に起こったことは、誰も予想し得ないことだった。 ただ、暑さとムサ苦しさで、誰もがイライラしている状況だった。 突然、その女性が不可解きわまりない行動をとったのである。 あろうことか、背後のサボテンに後ろ蹴りをくらわしたのである。 赤いハイヒールで、スコーンと。 よりにもよって、170センチ以上はある、一番デカイやつをである。 一般の家庭ではまず栽培しそうもない巨大なやつをである。 その巨大サボテンが、ハイヒールの衝撃でグラグラと揺れた。 ボクは、サボテンの影がグラグラと揺れるのを見た。 背後に殺気のようなものを感じて振り向いた瞬間、 今にも倒れようとしているではないか! トゲだらけの巨大サボテンが! しかも、こっちの方に! 必死で逃げようと試みるものの、人混みで身動きがとれない! モキャー! 絶体絶命とはまさにこのことを言うのだろう。 楳図かずおも裸足で逃げ出すような恐怖体験である。 この惨事の犠牲者はただ1名、つまりボクだけである。 あの、大人数の中でである。 しかも、ボクの身体に刺さったあのサボテンのトゲときたら、 サボテン本体からは抜けて、ボクの方に残りやがったのである。 どれほどの難渋を味わったことか……。 これは、何を意味するのであろうか。 おそらく、ボクとサボテンの相性が猛烈に悪いということである。 ハブとマングース、タコとウツボ、ヤッターマンとドロンジョ、 といった具合に、自然界にはワケもなくお互いを仇にするような、 ここで会ったが百年目、積年の恨み晴らさでおくべきかっ、 みたいな関係があるが、そういうのを相克関係と言うらしい。 あるいは、不倶戴天(ともに天を戴かず)とも言う。 要するに、この世に一緒に生きていたくない関係である。 恋人にそこまで嫌われたら、死んだ方がマシな気分になるだろうが、 サボテンに嫌われるのは、はなはだ迷惑きわまりない気分である。 ボクとサボテンは、まさに相克関係、不倶戴天なのである。 だから、サボテンとは、できることなら出会いたくないのである。 いつ何どきどの場所においても、である。 花屋の店先のどんな小さなサボテンにも近づかない。 サボテンのありそうな場所にも行かない。 名曲「サボテンの花」も、名曲だとは思わない。 まして、部屋で栽培など、言語道断である。 不倶戴天の敵と同居など、この世の誰が望むというのか。 毎日が、「俺が死ぬか、奴が死ぬか」の緊迫状態になってしまう。 確率の高いリスクを避けようとするのは、当然の行為である。 とまれ、そういう事情があって、 ボクは、サボテンが大っ嫌いなのである。 End 執筆: 2001/04/19 |