無人島奇談

 

 












第3話



" ほんの少し、時は流れて "















 

 暖かい朝である。

 穏やかな風が木々の若葉を柔らかく撫でてゆく。

 少し前まで咲き乱れていた桜は、枝々に花芯だけを残し、若葉を芽吹かせている。

 桜に囲まれた校門の両脇にそびえる二本の大欅も、待ちわびた季節の到来に、息を吹き 返そうとしている。

 寒々とした冬の余韻が消え、草木深い学校の前庭は、暖色系の春の光彩に包まれている。

 萌ゆる新緑の五月までは、まだもう少しの間があるようである。

 校門へと続く銀杏並木の道を、濃紺の制服を着た少年や少女達が学校を目差して歩く。

 笑い声、ため息、他愛のない会話、ふざけあう少年達の姿。

 それらすべてが、春の光に融け込んで一つの風景画のように見える。

 少しも特別でない、ごくふつうの通学風景――。

 その蒼い服の流れの中に、眼鏡をかけた澄まし顔の少年がいる。

 連れ立って歩く周囲の少年達よりも、大人びた風貌をしている。

 話し掛けられれば愛想よく言葉を返すが、あまり自分からは話題を作らない。

 常に一定の距離を保って話す彼に、彼の級友が言葉を掛ける。

「おい、昨日のK1見たかよ。アンディ・ホーストのKOは凄かったよな。」

「ああ、見たさ。ホントに格好良かったよ。」

「日本人じゃ誰もかなわないよなぁ。ホーストって何であんなに強いんだろう。」

 そこで、少年は人差し指で眼鏡を押し上げて答える。

「彼のパンチが描く軌道は、運動力学的にとても理に適っているそうだよ。」

「は? お前って、ときどき凄いことを言うよなぁ。」

「う〜ん。そうでもないよ。」

 軽い調子で小気味よく答えたその少年の名は、キイチ。

 その声は、冷めているようでいて、どこか愛嬌を感じさせるものがある。

 そのクールさと愛嬌のどちらが意図的な演出で、どちらが無意識による産物なのかについては、本人も預かり知らない所なのかもしれない。

 ただ、眼鏡の奥で瞬く澄んだ瞳は、悪びれたところがなく、明るかった。

 取留めのない会話をしつつ、やがて、銀杏並木の通りを抜けたキイチ達も、他の蒼いブレザーの群れと同じように、古びた赤いレンガ造りの校門へと吸いこまれてゆく。

 校門の壁面には、黒地のプレートにくすんだ金色で浮き彫られた「港ヶ丘第一中学校」の文字が、目映い朝陽を受けて鈍い光を放っていた。







 朝のホームルーム前、担任教師が来る前の2−Aの教室は、他よりもひときわ一際騒がしい。

 たいがいは、或る一人の女の子の周辺が台風の目となる。

 しかし、今朝に限ってその少女は、しおらしくも席に着いている。

 少し茶色掛かったサラサラのロングヘアーに加え、気の強そうな印象を与える目鼻立ちは、あどけなさこそ残るもののスッと整っていて、大人しくしてさえいればかなりの美人と言える造作である。

 男女を問わず、平素の彼女を知る他の生徒達からすれば、楚々たる佇まいを見せる彼女は、普段より少し大人びて見える。

 伏せた瞳を覆う長い睫毛は、窓からの柔らかな採光を受けて微かに輝いている。

 通った鼻筋、流れる眉、眉目秀麗とはこのことを言うのだろう。

 スラッと長い濃紺のハイソックスが、机の下で軽く交差している。

 遠目に見れば、心静かに勉学に勤しむ麗しの少女と見えなくもない。

 が、当の彼女は、勉強をしているのではなく、何やら書き物をしている。
 
 まして、心静かなどという心境ではなく、忙しなげにプラスティックの定規を縦にしたり横にしたりして、何やら一心に鉛筆を走らせている。
 
 机に広げられたノートには、強めの筆圧で書かれた文字や表のようなものが見える。
 
 彼女が穏やかな様子に見えるのは、何かに思いを巡らせ、書くことに夢中になっていて一言も喋らないためかもしれない。あるいは、本人も自覚しつつある、日毎に麗しくなり人目を惹くその容姿のせいかもしれない。
 
 しかし、口から先に生まれてきたような彼女の沈黙がそう長く続くはずもなく、朝の静寂は、隣席の男子生徒の無粋な一言によって破られた。

「朝から勉強? 見苦しいねぇ、そこまでしてクラストップの座を守りたいってか?」

 言った彼の言葉が終わる刹那、少女の右拳が真横に伸び、彼の顔面にヒットする。

「おぶっ。この狂暴女! 」

 頬をさすりながら、彼は、わざと彼女の気分を害するような言葉を吐いた。

「うっさいわね。勉強してんじゃないわよ! 」

「じゃ、ノートなんか広げて何してんだよ。」

「何だっていいじゃない!それとも、何か文句でもあんの?」

「脅す気か?まるでヤクザじゃん。」

「何ですって!」

 こうなった彼女はもう止まらない。

 逃げる男子生徒を物差しを振り回して追いまわし始める。

 まだまだ無邪気といえる中学生のありふれた戯れである。

 形だけ見れば、小学生の戯れと変わらないのだが、彼らの内面にはもう思春期特有の異性を意識しあう感覚が芽生えている。

 現に、少女にちょっかいを掛けた男子生徒は、彼女を異性として意識しているのが見え見えである。好きな子を怒らせたい、という一種卑屈な感情は、男が幼児期から青年期まで、いや、或いは人によっては一生持ち続けるサガのようなものである。

 では、今、物差しを振り回している彼女の方はどうだろう。他の思春期の少女であれば、こういう場合、相手の男子生徒を少なからず意識して、一種のママゴトをしているような気持ちになるかもしれない。

 しかし、彼女の表情は、怒り以外の何ものでもない様相を呈している。つい先ほどまで清廉な雰囲気を身に纏っていた少女と、同一人物とは思えないほどの変わり様である。一瞬にして機嫌がコロコロと変わる。気分屋というのか、天真爛漫というのか、この様子では、異性を意識して戯れに興じているのか否か、分からない。

 やがて、教室へ足を運ぶ担任教師の足音が響いてくる。

 嬉々として逃げ回る男子生徒を無視して、彼女は、ふと耳をそばだてるような仕草をすると、急いで自分の席に戻り、すべり込むように椅子に座った。

 教師が教室の扉を開けたとき、一人取り残された格好になった男子生徒は、彼女の方を恨めしそうに睨んだ。

 当の彼女は、何事もなかったかのような顔をしていたが、教師が余所見をした一瞬の間だけ、男子生徒の方に向き直った。

「べ〜だ。」

 舌をペロッと出す今の彼女は、さっきとは打って変わって、喜色満面である。

 からかっていたのは、この男子生徒ではなく、彼女の方だったのかもしれない。

 いずれにせよ、キイチのように、終始澄まし顔を決めこむことなど到底できないのが、このマユミである。

 二年前のお転婆少女は、色々な意味で才気みなぎ漲るみずみずしい少女に成長していた。






 昼休みを告げるチャイムが鳴った。

 マユミの隣のクラスにいるミキオは、おもむろに自分の机の上に弁当を広げた。

 そして、箸を手に持ったまま、しばらくぼんやりと中空を見つめる。

 彼の表情は、何か込み入った考え事があるというふうではなく、かといって何も悩みがないというふうでもない。

 実際の所は、何を考えているというわけでもなく、のほほんとしているだけなのだが。それが、今たまたま、箸を手に持ったままという体勢なので、クラスの女生徒達の目には、彼の姿が、何を考えているのか解らないような、不可思議なものとして映っている。彼の持つ独特の雰囲気は、善く言えば、中性的だとか、ミステリアスだとかなのだろうが、見様によっては、「ちょっと変?」という印象を持たれかねない。

 ミキオは、そんな周囲の微妙な視線に気づくこともなく、箸で玉子焼きを掴みに掛かる。

 玉子焼きの半分が口に納まろうという瞬間、彼は背後から衝撃を受け、思わず弁当箱に玉子焼きを吐き戻してしまった。

 振り向いたミキオの目の前には、弁当箱を抱えた長い髪の少女がニコニコしている。

「箸持ったまま、何ボサッとしてんのよ。」

「ああ、びっくりした。いきなり叩くなんてひどいよ、マユミ。」

「あんたが一人で、お昼食べようとするからよ。まだ揃ってないのに。」

「あ、ごめん。そう言えばキイチもまだだったね。」

 微塵の悪気もないミキオの言葉に、隣のクラスからわざわざ昼食を食べに来たマユミは、いつものことと諦めたような溜め息を吐く。

 ホントにコイツって、どういう神経をしているんだろう。

 マユミは、ミキオのことを改めてそう思う。

 だが、その疑問に対する答えを彼女は知っている。幼い頃から親しいマユミにとって、ミキオの言動は、今のところ余りに単純明快である。彼の悪気の無さは、分かり過ぎるほど分かっている。だから、彼を嫌な奴だと思ったことはない。だけど、こんな時、敢えて意味もなく疑ってみたくなる。

 気づけば気づいたで、箸を置いて律儀にキイチの到着を待つミキオを尻目に、マユミは取り留めのない思考に浸っていたが、そうこうしている内に、差し当たっての待ち人、キイチがひょっこり姿を現した。

「やあ、待たせたみたいだね。」

「ちょっと、聞いてよ。ミキオったら、また先に食べようとしてたのよ。」

「あの、ごめん。チャイムが鳴って、弁当を出して待ってたら、お腹が鳴って、それで、フタを開けたら、玉子焼きが入ってて、それで気がついたら……。」

「気がついたら?」

「食べそうになってた。ごめん。」

 あまりにも間の抜けたミキオの弁解に、さすがにマユミの堪忍袋も弾けそうになる。

「あー、もう! どうしてアンタは、いつもそうなのよ! 成長がないっていうか、馬鹿正直っていうか!」

 そこで、既に机の上に弁当を広げ終えたキイチが、二人の会話に割って入る。

「まあまあ、そんなに怒らずに。ミキオもこうして反省してるんだし、些細なことなんだから、もっと穏便に、ね?」

「キイチは、ミキオに甘いのよ。あたしは、今日の些細なことだけに怒ってんじゃなくて、コイツの人としての常識のなさっていうか、甘え根性っていうか、に、怒ってんのよ。」

 キイチは、少し驚いていた。

 マユミは、こんな怒り方をする子だったっけ?

 最近、マユミは、ミキオに関することで、激しい怒りを顕わにすることが増えたのである。一度は納めた怒りの矛先を、急に再びミキオに向けたりする。

 以前は、喜怒哀楽の激しいマユミと言えど、怒りを蒸し返すようなことはしなかった。彼女は、元来、サッパリした性格なのである。それが、最近は時々、ミキオに対して執着のこもった怒りを向けることがある。もっとも、その怒りの性質は、単なる癇癪のような直情と、ミキオに対する分別ある心配とが混ざり合ったもののようであるが。

 同年齢で大人びた感覚を持つキイチは、急速にイワユル分別を内面に形成するマユミの心の変化を、敏感に察知していた。




 気だるさと春の陽気に包まれた午後の教室。

 生徒達の満腹中枢は満たされ、消化気管には血液が集中している。

 その眠気を誘うに十分なコンディションに追い討ちをかけるかのごとく、2−Bの5時限目の授業は、退屈この上ない「歴史」ときている。

 テストに出ない薀蓄話を饒舌に語り続ける社会科教師のボソボソ声が、より眠気を誘う波長を伴って、生徒達の大半を夢の世界へといざな誘う。

 塗料が剥げてまだら斑になった古いチタンフレームの眼鏡を掛けた教師は、いわゆる考古学ファンというやつらしく、古墳の発掘説明会へ行ってきた時のことを自慢気に話している。

 キョウビの中学生でそんな話に目を輝かす者は、そういない。

 事実、この2−Bの教室でも、大半の生徒達が睡眠学習モードに入っている。

 ところが、その中で、ミキオだけは珍しく熱心に教師の話に聞き入っている。

 彼は、「歴史」が好きなのである。

 いや、そういう薀蓄話が好きだと言った方が的確かもしれない。

 なぜなら、彼の社会科の成績が決して良い部類に入らないからである。

 決まり事を暗記するのは苦手だが、テストに出ないような雑学は好きなのである。

 だから、中学生離れした知識を持つキイチの薀蓄話にも、いつもミキオは目を輝かせる。

 今、彼の机上にノートが出ておらず、鉛筆書きで縦横に罫線が引かれた一枚の紙が広げられているという事実が、そういう彼の性質を顕著に裏付けている。

 ノートから破り取られたであろうその紙は、朝、マユミが書いていたものである。

 それは、来週から始まるゴールデン黄金ウィーク週間の予定表なのである。

 かねてからキイチとミキオの予定を聞き出しておき、それと自分の予定を合わせて、朝のホームルーム前の時間にマユミがせっせと表に纏めていたのである。

 表には、3人それぞれの予定が事細かに書き込まれており、3人とも予定が入っていない部分だけが空白となっている。

 つまり、その空白部分にあたる時間に、3人で遊びに行こうというわけである。

 ゴールデン黄金ウィーク週間の予定表を作ることを提案したのは、キイチである。

 3人は、小学校以来の仲良しであることに変わりがないのだが、いつもベッタリというわけではない。中学校に入り、それぞれクラスが離れ、部活動に精を出すなどして一年も経てば、それなりに人付き合いの幅も広がってくる。だから、4月末と5月で5日間の連休があるとはいえ、クラブや他の友達との付き合いで或る程度の予定は埋まってしまうのである。だから、3人共ヒマな時間をきちんと洗い出そうと言い出したのである。

当初、キイチは2人から拒絶されまいかと、自分の提案の妥当性に不安を感じていたのだが、ミキオとマユミの二人がこの案に存外乗り気な反応を示し、さらにマユミが大張り切りで自分が3人分の予定を纏めると言い出したものだから、キイチの心配は杞憂に終わったようである。

 キイチは、3人の仲を確認したかったようである。おそらく、連休の貴重な時間を3人で共有することに対して、2人が今でも積極的でいてくれるかどうかが、彼にとっての友情の試金石だったのである。

 そんなキイチの思惑やマユミの張り切りぶりを知ってか知らずか、今、この社会科の授業中、ミキオは教師の薀蓄話に聞き入りながら、マユミの力作であるゴールデン黄金ウィーク週間予定表にヨダレの地図を描いている。

 やがて、教師の方も自分の脱線話が大半の生徒の子守唄となっている現状に不満を感じたのか、咳払いを一つしてから、授業を軌道修正すべく話を教科書の内容に戻し始めた。

 そうなると、途端にミキオはつまらない気分になる。

 自然と、視線が眼下に落ちてくる。

 机上には、ヨダレでふやけたゴールデン黄金ウィーク週間予定表がある。

 慌ててヨダレを手の甲で拭き取ろうとするが、すでに染み込んでいて、紙はふやけた状態で乾いてしまっている。

 (また、マユミに叱られてしまうなぁ。後で謝っとこうっと。
  それにしても……。
  何で僕が行き先を考えなくちゃならないんだよ。)

 予定表には、5月2日と3日の2日間の空白部分がある。

 つまり、丸2日間も3人とも予定の空いている日がある。

 キイチが予定表作成の案を出し、マユミが予定表を完成させた。だから、どこに遊びに行くかを決めるのはミキオだと、マユミが一方的に言い渡したのである。

 拒絶を心配したキイチとは対称的に、マユミにはそういう有無を言わせぬ強さがある。

 けれど、ミキオには、キイチのような婉曲的な繊細さもなければ、マユミのような直線的な強さもない。

 (そうだ!面白いことを思いついちゃったよ。)

 急にミキオの表情は明るくなり、ついにはニコニコ顔になってくる。

 本当に嫌いでなければ、何にでも機嫌よく取り組めるタイプなのかもしれない。








 夕闇のせまる放課後。

 レンガ造りの校門にマッチしない白壁の殺風景な校舎は、ゆるい夕陽を浴びて茜色に染まり、深海のような宵空に浮き上がるようなコントラストを見せている。

 校内の人影はまばらである。

 2−Bの教室では、ミキオ、キイチ、マユミが一つの机を囲んで話し込んでいる。

「なんでそんな平凡なとこに行かなくちゃなんないのよ!」

「平凡のどこが悪いんだよ!僕だって一生懸命考えたんだ。」

「どこが!予定表にヨダレ垂らしてたくせに。」

「まあまあ、かえってシュールかもしれないよ。公園っていうのも。」

「それを言ったら、コイツの発想は全部シュールになるのよ!第一、キイチは、黄金週間に本当に近所の公園に3人で行きたいとでも言うつもり?あたしはゴメンだわ!」

「それでも、頭ごなしは良くないよ。ミキオの話をもっとちゃんと聞こう。怒るのはそれからでもいいだろう?」

 どうしてこんなことになったんだろう。

 6時限目の授業の後、ミキオはキイチとマユミに黄金週間の予定表を見せた。予定表に残ったヨダレの痕を見つけてマユミは、眉を引きつらせた。そして、ミキオが「行き先は、港ヶ丘公園だよ。」と言った瞬間、マユミのパンチが飛んできた。それからずっと、押し問答なのである。

 ミキオは自らの発言が原因とはいえ、マユミと揉めていることが悲しくなってくる。

 自分のうっかりミスにマユミが怒るのなら、仕方がないと思う。ミスというものは、ミキオにとっても本意のものでないからである。

 それが今、マユミは、ミキオがミキオなりに考えてきた結果に対して、怒っている。

「分かったわよ、キイチ。考えてみりゃ、理由とか聞いてなかったわ。じゃ、ミキオは、どうして公園なの?」

 マユミは、くすぶる怒りを抑えながらも、ようやく落ち着いた口調で言った。

「あ、僕も売り言葉に買い言葉になっちゃってたよ。ゴメン。」

「謝るのは後にして、さっさと言いなさいよ。」

「うん。あのさ。僕は、あの公園、近所だけどいろいろと遊べると思うんだ。近所だから当たり前のように思えるけど、あんなに広い公園は探してもなかなかないもの。大きな池があるから、キイチくんの好きな釣りだってできるし、マユミはスポーツが好きだろう?広い芝生でボールとかフリスビーで遊べるし、テニスコートだってある。サイクリングコースもあるから、5月の緑の中を走ったらきっと気持ちいいと思うよ。でさ、お弁当食べてさ、ちょっと昼寝なんかしてさ。」

 今にも泣き出しそうだったミキオの顔が、生き生きと明るんでくる。

 マユミは、最初に予定表を差し出したときのミキオの嬉しそうな顔を思い出していた。

 そう、コイツは、とてもいいことを思いついたつもりで持って来たんだ……。

 なんで、こんなに怒ってしまったんだろう。

 羞恥心と罪悪感とが混ざり合って後悔となり、マユミに押し寄せる。

 気まずさが漂う前に、キイチがさり気なく口を挟んだ。

「そうだね。雨が降ってもあそこには、屋内スポーツセンターがあるからね。近場だけに、案外盲点かもしれないね。」

 ここぞとばかりに、マユミが気持ちをリカバリーしようと言葉を乗せる。

「そ、そう、盲点みたいね。で、キイチの釣りとあたしの好きなスポーツは分かったわ。それじゃあ、あんた自身は何がしたいのよ。そのへんが、あの公園に決めた理由としてイマイチ腑に落ちないのよねぇ。」

 また、意地悪な物言いになってしまう自分に、マユミは内心でため息を吐く。

「僕、あの公園が好きなんだよ。ちっちゃい頃、よく父さんとも遊びに行ったし、マユミとも遊びに行った。キイチくんが引っ越してきてからは、3人で行ったこともあるよね。小学校の頃のことだけど。林があって、小川が流れてて、芝生の丘と原っぱがあって、池もある。春は緑がきれいで小鳥がいてさ、夏になったら水遊びして。秋は紅葉がきれいだったな。どんぐり拾おうとしても、地面が落ち葉で埋まっちゃってさ。冬になったら、池に鴨とか渡り鳥が来るんだ。ほんとに広い公園だから、ちっちゃい頃はあの公園へ行くのは大冒険だったもの。探検だって言って奥までマユミと2人で行って迷子になって、夜になっても帰れなくて、近所の人たちに探し出されたこともあったっけ。」

「で、あんたは、14歳のG.W.にその思い出の公園に行って、何をするの?」

「バードウォッチング。」

 キイチもろともマユミはガクっと腰砕けになった。

「タハァ〜。何よ、それ。お爺さんじゃあるまいし。」

「あはは。せっかくいい話だったのにね。でも、ミキオらしくていいよ。」

「こんな理由じゃダメかな?バードウォッチングも……。」

「もう、いいわよ。3人の好きなことを順番に3人でやりましょ。考えてみりゃ、これだけの条件を満たす場所ってなかなかないのよね。よし、G.W.は、港が丘公園に決定!」

「よかったぁ。」

 意気込むマユミと喜ぶミキオに、申し訳なさそうにキイチが切り出す。

「あの、ここへきて言いにくいんだけど、予定表を見ても分かる通り、5月2日と3日の2日間をどうするかっていうのが、そもそもの懸案事項だったかと…。港が丘公園なら、日帰りだよね。」

「あ。」

 と、ミキオ。

「あーーーっ!!」

 顔から血の気が引いていくミキオと、再び頭に血を上らせるマユミ。

 そして、ポリポリと頭を掻きながら乾いた笑いでその場をごまかすキイチ。

 今度ばかりはと身の危険を察知したのか、ミキオはおもむろに席を離れようとする。


 
「ミキオのとんまぁっ!」


 
 そして、薄暗い教室に怪鳥の啼き声のようなミキオの悲鳴が響き渡った。

 その悲鳴は尾を曳いて、残照に浮き上がる白壁の校舎と怪奇な調和を醸すのだった。






END






次回、第4話 「いつか見た空は、棚曇り」

        待ちに待った(?)ゴールデンウィーク。
        予定通り、3人はそれぞれの好きな遊びを3人で楽しむ。
        初夏の青空、記憶の断片、3人は2年前の不思議なゲームを思い出す。
        そして、物語は急展開に……なるのか?




執筆: 2003/12/31

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