無人島奇談

 



第2話


" フェイク "


 










3人は、待ち遠しさをこらえてじっとテレビの画面を見守っている。

 プログラムがロードされるほんの数瞬ばかりの時間が、憎いほどに彼らを焦らす。

 ミキオは、調教師からの餌を待つ曲芸アシカになったような気分になっていた。

 マユミとキイチも、もどかしさを隠しきれないでいる。

 真っ白な画面の中央で、「Wait a minute !  Now loading……」の黒い文字が浮かぶ。

それは、時折点滅するだけで、その他に別段変化を見せることもない。

しかし、変化のない時間帯は、現実には三人が感じるほどに長いわけでもなく、数瞬ばかりの時を経て終わりを告げた。

 

真っ白だった画面が、突然何の前触れもなく、真っ青に変わった。

その青は、突き抜けるような空の青。

三人がどんな景色の中にも見たことのない、鮮烈なスカイブルーだった。

鮮やかでその上、一瞬にして見る者の心の隅々まで染み渡るような、青。

“気持ちいい・・・・・・。”

ミキオは、素直にそう思う。

“なんて、奥行きのある色彩・・・。”

キイチも、彼なりの率直さで感じ入っている。

“青って、こんなにきれいだったのね・・・。”

マユミも、口には出さず胸の内で感嘆する。

ただ一色のみで、三人に魂を震わすほどの鮮烈な印象を与えた画面の中央に、ふわっと明朝体の黒いロゴが浮かび上がった。


“無人島奇談”


そう型取られた黒いロゴは、一種、重苦しい印象を与えるものだったが、すぐに背景の鮮烈なスカイブルーに吸い込まれてしまい、次に画面中央に滲み出るように現れたのは、点滅する灰白色の文字だった。

 

“あなたが、無人島に何か一つだけ持って行けるとしたら、何を持って行きますか?”

“あなた方の名前と上の問いの回答をそれぞれ入力してください。”

 

「回答って、どうやって入れるんだろ?」

プログラムがスタートしてから初めて口を開いたのはミキオだった。

キイチは、黙ったまま腕組みをしている。

マユミが何か言おうとした瞬間、彼女の発言を遮るかのように、画面に変化が起こった。

すでに映し出された問題文の下に、五十音の文字列、カーソルと入力欄が、同時に現れたのである。

少し怒ったような口調でマユミが声をあげた。

「一文字ずつ入れろっていうワケ?」

「どうやらそうみたいだね。」

 キイチの言葉は穏やかである。

「えー、めんどくさーい!」

「そう? 僕は面倒じゃないよ。」

「あたしは、ミキオみたく気長じゃないの!」

 キイチも面倒だと思ったが、何も言わなかった。

 一文字ずつ入力する方法しか用意されていないのだから、面倒だと言ったところで他にやりようはないのである。だから、キイチは黙っていたのだが、詮無いことだと解っていてもとりあえず文句を言うのがマユミである。

 一同、これから文字を入力していくわけだが、ここで問題なのが、各々の回答をどうするかということである。
 無人島に持っていくもの、である。

ミキオが、唇に人差し指を当てながら言う。

「僕はねえ、まずお弁当と水筒、お菓子、あと何だっけ? あ、おしぼり忘れてた!」

「あんたねえ、遠足じゃないんだから。無人島に行くのよ。ってことは、サバイバルよ!サバイバル! だからまず、食糧でしょ。それから、お鍋や食器もいるわね。それからまだまだ……。」

 そこにキイチが慌てて口を挟みにいく。

「ちょ、ちょっと待ってよ。二人とも、解ってるかい? 問題文には、『何か一つだけ持って行けるとしたら』って書いてあるんだよ。それに、さっきの石盤には『無人島奇談の基本原理は心理テストです。』って書いてあった。だから、心理テストのつもりで考えないと。」

「あ、そっか。一つだけなんだよね。回答欄が大きいから、ついいっぱい答えたくなっちゃったよ。」

「うっかり、ミキオのボケに乗っかってしまったわ。でも、一つだけって難しいわね。」

「う〜ん。」

 今度は深刻な顔をして、二人は考え込んでしまった。

 キイチは、やれやれという顔でさとすように言った。

「まあまあ、ゲームなんだから、もっと気楽にいこうよ。そうだ、こうしよう。各自、相談ナシで考えてこの3枚の紙に答えを書くんだ。で、せーのでその紙を出す。一度、紙を出したらもう答えの変更はナシ。きっと面白いことになると思うよ。」

「うん、僕、賛成!」

「そうね。面白そう。ミキオはともかく、キイチがどんな答えを書くか、楽しみだし。」

「なんで、僕はともかくなんだよ。」

「だって、あんたって単純でコドモだからどうせお弁当とか書くに決まってるもの。」

 すでに、「お弁当」の「お」を書きかけていたミキオは慌てふためいて言い返す。

「ば、ばかにするな! お、お弁当なんて、食べちゃったらおしまいじゃないか。」

「そうね。いくらなんでもそこまでバカじゃないか……。」

 マユミは、疑いの視線(いわゆるジト目)を送りながら、ミキオにトドメを差した。

「はいはい。そこの二人、相談はナシって言っただろ? 今から5分後に紙を出すことにしよう。それまで、私語は禁止。」

「「はーい。」」

 低いトーンで、ミキオとマユミは返事をした。

 

 5分後。

 

「じゃ、いくよ。せーのっ!」

 キイチの合図で、3人は答えを書いた紙をいっせいに開示した。

 それぞれの回答は、

 

 ミキオ:「かさ」

 キイチ:「釣りざお」

 マユミ:「フライパン」

 

「ミキオったら、何トンチキな答え書いてんのよ! なんでカサなワケ?」

「だって、雨が降ったら濡れちゃうじゃん。そっちこそ、フライパンなんてヘンだよ。」

「うっさいわね。お料理するにはお鍋が必要なの! 食べることを考えるのはフツーよ。」

「料理なんてしたことないくせに……。」

 このミキオの一言に、マユミは目くじらを立てて怒り出す。マユミのこぶしがミキオに襲いかかろうという段になって、いつも通りにタイミングよくキイチの仲裁が入る。

「まあまあ、ゲームなんだからさ。ヘンな答えでもいいと思うよ。それに、その方が当たり前じゃないから面白いかもしれない。どっちもどっちだしね。」

 キイチは、にこにこしながら言った。マユミの怒りを鎮めるための言を述べつつも、最後にチクリとやるところが、彼らしい。

 まともな答えという意味では、キイチの書いた回答が一番的を得ているのかもしれない。無人島でのサバイバルにおいて最も必要なのは、水と食糧である。水や食糧そのものを持って行ったのでは、いずれそれらが底をついたときに食糧調達が難しくなる。それに、持って行くものは一つでなければならないから、答えとして書くとすれば、水か食糧のいずれかということになってしまう。

 食糧を現地調達するのに必要な道具として“釣りざお”を選んだのだとすれば、それはいかにも理知的なキイチらしい発想だと言える。

 ミキオ、マユミの回答については、あえて作者が口を挟むほどのものでもあるまい。

 ともあれ、3人の回答は、自然とそれぞれの性格を著しく映し出すものだったのである。

 

「じゃ、入力していくね。」

 ミキオが、コントローラを使って3人分の名前と回答を一文字ずつ入力していく。

 その間、画面を見つめながら、キイチは考えていた。普通、心理テストと言えば、選択方式で回答することが多いはずである。出題者側でパターンを用意しておいた方が、個人の性格をカテゴライズしやすいからである。ところが、この“無人島奇談”における心理テストは、選択方式になっていない。ということはつまり、回答が無限に存在するということではないか。ハードウェアに格納できるデータ量は、有限である。

 なぜ回答が選択方式でないのか、この時のキイチには皆目わからなかった。

 マユミは、この先のゲーム展開に心を馳せて、少年のように目を輝かせている。

 

 ミキオの手によって入力作業が終了すると、画面上に、“Enter”のボタンが現れた。

「なんか、インターネットみたいだね。」

 ミキオの何気ない一言に、キイチはハッとした。

 インターネット! 通信機能を利用すれば、膨大なデータベースを参照する処理が可能じゃないか。ああ、何でこんなことに気がつかなかったんだろう!

 だが、一瞬晴れかけた彼の頭の中の霧は、再びモヤモヤと立ちこめることになった。

 今、テレビに繋いでいるミキオのゲーム機は、通信回線に接続されていないのである。

 

キイチがそんな取り越し苦労の思考をめぐらせている間に、ミキオは“Enter”ボタンにカーソルを合わせ、決定ボタンを押す。

 

次の瞬間、画面上の文字、入力欄、その他全てのオブジェクトが消えた。

そして、またもや鮮烈なスカイブルー。

画面上に広がったのは、色というよりも、空そのものだった。

その空が、やがてゆっくりと動き出す。

画面を見つめる3人に、3Dで迫ってくるのである。

3人は、ちょうど飛行機のパイロットになっているような気分になる。

視界はぐんぐんと前方から後方へ流れ、そのスピードを増していく。

薄い雲の塊が目の前に現れては後ろに消え、視界にめまぐるしい変化が加わる。

急に減速したかと思うと、今度は雲の層を突き抜けて進んで行く。

3人は、急上昇する戦闘機に乗っているような感覚に包まれる。

そしてさらにスピードが上がり、視界は3人の動体視力の限界を超えて展開していく。

しかしそのあたりから、迫り来る画面の色合いが淡くなり始め、徐々に視界はホワイトアウトしていった。

やがて、画面は完全に真っ白になり、中央に黒い文字が滲み出た。

 



“おつかれさまでした。

 電源スイッチをお切りください。“



 

 3人は、言葉もなく呆然として画面を眺めていた。

 呆けた顔のまま、ミキオが黙って電源スイッチをOFFにした。

 画面は、NHKの国会中継の映像に切り替わった。

 野党議員が、林首相に口撃を浴びせている最中である。

 林首相は、うつむいて棒読み口調で抗弁している。

 彼の額を流れる冷や汗を、カメラは逃さずズームアップする。

 普通のテレビ放送である……。

 



「「「えええーーーっ!!??」」」

3人の叫びが、部屋中に響き渡った。

 

「もしかして、終わっちゃったってワケ?」

「どうやら、その可能性は大だね。理解できないけど。」

「ありゅりょ。」

 ミキオに至っては、思考回路どころか言語中枢までブレイクダウンしている。

「もうーっ! 何で何で何でよおーっ!! 期待してたのにぃ!」

 マユミは憤懣やる方なしである。

 思考回路を回復したミキオが、腕組みをして眉間に皺を寄せるキイチに尋ねる。

「僕達の答えがマズかったのかな。」

「そんなことないと思うけどなあ。ゲームオーバーにしても、この結末はあまりにも不自然過ぎるよ。う〜ん。ひょっとすると、まだ続きがあるのかもしれないね。」

 そう言うとキイチは、もう一度ゲームの電源スイッチをONにして、例のゲーム(RPG)で、例の石盤があった洞窟を調べてみた。彼は、洞窟の入り口から石盤のあった地点までの道のりを詳細にマッピングしていたので、道に迷うことなどなかったのだが、どうしても例の石盤を見つけることはできなかった。

 

拍子抜けした3人は一様にげんなりして、もう遊ぶ気にもなれず、その日はお開きということになった。

その後も、3人は幾度か集まってゲームをし、例の石盤を探したのだが、ついに見つけられなかった。

そして、いつしか“無人島奇談”の記憶は彼らの脳裏から薄れていった。

無人島奇談は、彼らの中で、「奇妙な体験」という位置付けから、「些細な出来事」という認識へと、風化していったのである。

 

                               

                             (つづく)

 

 


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あとがき

 

更新が遅れてすみません。

ちょっと今回は、難産でした。

プロットは決まっていたのに、書けない日が多くて・・・。(言い訳)

それはさておき、今回は、題名が「フェイク」ということで、いろんな意味でフェイクな内容になっています。全体の筋書きにも影響を与える、とても重要な要素が出て来ています。

今のところ、創作上の或る実験を試みるつもりでこの作品を描いています。

だから、ボクの仮説が正しければ、この「無人島奇談」はきっと面白くなるハズです。

らしいので、読んで下さっている方々、どうか温かく見守ってやってくださいまし。

 


  執筆: 2000/08/28

次回予告

 第3話 ― ほんの少し、時は流れて ―

             中学2年生になっても、ミキオ、キイチ、マユミの3人は大の仲良し。

             でも、何も変わらないようでいて、何かは変わっているのだ。

    思春期を迎えた3人に、忘れていた記憶は蘇る・・・のか?

    そう、彼らはまだ、な〜んにも知らないのだ!

    乞うご期待!
 
 

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