マイナーエッセイ
「熊よ、何故?」
ああ、また見てしまった。
熊が出て来る夢である。
それはときに、ヒグマだったりツキノワグマだったりする。
いつだったか、グリズリーだったこともある。
高校生の頃からだと思うが、
ボクは、熊に襲われる夢をたびたび見る。
無論、見たくて見るわけではない。
夜中にフトンの上で、
「どうか、熊が出て来ませんように。」
とお祈りしてから寝ることすらある。
そんな祈りも空しく、熊のヤツ、出るときは出るのである。
「夢なんだから、いいじゃん。」
とのたまう諸氏、夢を侮ってはいけない。
ボクは、熊に襲われる夢を「熊夢(クマユメ)」と呼んでいるが、
熊夢にうなされて目覚めた朝は、最悪な気分である。
なぜ夢の中で怯えなければならないのか、
もう腹立たしいやら、やるせないやらで、
気分は、ブルーを通り越して焦げ茶色になってしまう。
しかも最近、この熊夢のヴァリエーションが多様化してきている。
昔は、山歩きをしていて熊に遭遇するというパターンが多かった。
熊の種類も本州に生息するツキノワグマで、現実っぽい夢だった。
ところがある夜、ヒグマが出てくる夢を見てしまったのである。
その夢とは、こうである。
ボクは北海道山中にあるロッジに泊まっていた。
そして理不尽にも、朝方、ロッジにヒグマが侵入したのである。
一番奥の部屋にいたボクは、玄関から浸入したヒグマが、
手前の部屋にいる人達を次々と襲っていく音を聴いた。
怯えつつも、部屋から脱出しようと窓の方を見やると、
窓の外にも3頭ぐらいのヒグマがウロウロしているではないか!
そうこうしているうちにも、玄関から浸入したヒグマの咆哮と、
ガサガサした足音が近づいてきて大ピンチである。
ヒグマは、ドアをガリガリッと引っ掻いて破壊しに掛かった。
巨大なヒグマがあっさりとドアを壊し、姿を現したその瞬間、
ボクは間一髪で、ベッドの下に潜り込んだのである。
ついに部屋に侵入したヒグマは、鼻息も荒く辺りを嗅ぎ回り、
やがてベッドの方に、その鼻面を向けた。
ベッドの下から息を潜めてそれを見ていたボクは、
もう、身も凍てつかんばかりの恐怖である。
ああ、見つかって食われるーっ!と半ば観念していると、
ヒグマの奴、何を思ったかベッドの上に乗りやがったのである。
そして、あろうことか、ベッドの上で跳びはね出したのである。
彼奴め、完全に遊んでいるとしか思えない。
その巨体の重みに、ベッドのスプリングは軋み大きくたわみ、
下にいるボクは、横隔膜がつぶれるんじゃないかと思うほど、
ムチャな圧迫を受け、声も出せずにもがき苦しんだ。
倒したレスラーの上でツイストを踊るタイガーマスクのように、
ドスン、バタンと熊は容赦なく飛び跳ね続けたのである。
そんな、いつ終わるとも知れぬ理不尽な苦しみの中、
ボクは、目を覚ましたのである。
心臓に悪い夢である。
現実には北海道に行ったことさえないのに、
何故、そんな妙に臨場感のある夢を見てしまうのか。
とにかく、そのヒグマの熊夢を何年か前に見て以来、
色々なシチュエーションで熊が来襲するようになったのである。
しかも、理不尽に襲ってくるのは必ず獰猛なヒグマである。
ツキノワグマの場合は、遭遇の仕方に脈絡のあることが多い。
ボクは、アホらしいと思いつつも、モンモンと悩んだ。
モンモン。
モンモン。
……何故、熊夢を見てしまうのか。
ひょっとして、熊と特別な因縁でもあるのか。
前世が、熊狩りのマタギだったとか。
そんなことはどうでもいい。いや、そんなことはどうでもいいのだ。
意識するから、夢に出てくるのだ。
だから、気にする必要はない……。
と思っていた矢先、先日、現実に熊に遭遇してしまったのである。
ひょんなことから、信州乗鞍岳に車で登ったのである。
乗鞍岳は、3000メートル級の山でありながら、
山頂近くの2700メートル付近まで車で登ることができる。
つまり、楽して夏の高山地帯を満喫できる貴重な山なのである。
冷たくてきれいな空気を心ゆくまで味わったボクは、
上機嫌で、乗鞍スカイラインを下って行った。
もちろん、ボクの脳裏にはクマのクの字もよぎることはなかった。
標高も低くなり、樹々の鬱蒼と繁る林道を走っていたとき、
突然、それは起こった。
車の30メートルぐらい前方を、黒い獣が横切ったのである。
体長2メートルぐらいの毛むくじゃらの獣……。
紛れもなく、ツキノワグマである。
素速く横切ったので、一瞬のことだったのだが、
それだけでもう、因縁めいたものを感じずにはいられなかった。
今回は横切っただけだったが、次は危険な遭遇をするかも……。
そもそも、なぜわざわざボクの車の前を横切ったのだろう……。
そう考えれば、今回の目撃は偶然のものではなくて、
熊の思わせぶりな予告なのではという気がしないでもない。
ということは、次回は、森でバッタリ遭遇……。
ウキャー!!
「森のクマさん」を地で行く展開……。
などと、クダラナイこじつけが頭の中をグルグルと回ったのである。
とにかく、意識しないようにしようと切に思うこの頃である。
って、そう思っている時点でいくらかは意識しているのだが……。
End
執筆: 2001/08/12