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 礼拝メッセージ 2026年3月8日/小坂叡華主任牧師

「みことば(聖書)への信頼」   

イエス様が公生涯に立たれる前、荒野で受けられたサタンの試みに「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」(マタイ4:4)とみことばで悪魔の攻撃を退けました。私たちは肉体を養うパンだけではなく、内なる霊を養う神のみことばが必要だと言うことがわかります。

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」(詩篇119:105)私たちの人生の行く道を照らす光は、神がくださるみことばなのです。そして「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。~中略~ あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし、どんな罪にも私を支配させないでください」(詩篇119:130.113)聖書のみことばは表面だけでは判りません。みことばは奥深く、戸が開かれるようにみことばから出る光が生きて働き私たちの人生を導かれるのです。「まことに、みことばは、あなたのごく身近にあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行なうことができる」(申命記30:14)しかし、みことばを聞いても信仰に結び付かなければ益にはなりません(ヘブル4:2)。みことばを実行しなけば「その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます」(ヤコブ1:23-24)」聞くだけでなく、実行して初めて生きた言葉となり人生の指針となって働くのです。

<みことばとは>
「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」(ヘブル4:12)

1)生きていて…みことばは生きて働きます。聖書の言葉は決して変えてはなりません。付け加えても取り除いてもならないのです。(黙示録22:18-19)

2)力がある…神のことばは必ず実現します。「むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」 (イザヤ55:11) 

3)両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し …みことばは甘くありません。時に御言葉が心にぐさりと刺さり痛いことがあります。又、分割できないような分かれ目も判別し何が良いか悪いか、必要か不要かを明らかにするのです。

4)心の考えやはかりごと…「造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです」(ヘブル4:13)。心の奥にある、自分でも気づいていないすべての感情、あらゆる意志、様々な考えやはかりごとのすべてに みことばが切り込んでいきます。しかし、神のみことばは完全な愛と真実に根差しています。完全な愛は、イエス様の十字架の愛です。
私たちはこの十字架を通して聖書のみことばを受け止めていく必要があるのです。聖書は私たちの宝の箱です。そこから神のことばをいただき力強く謙虚に喜びと希望を持って人生を歩むのです。パウロはエペソ教会の長老たちに「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです」(使徒20:32)このみことばを残しました。みことばを信頼し人生の土台としてください。




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